60話 里帰りとお土産
父の前で、
ジャックは何も言わなかった。
ただ一歩、前に出て、
指先を空に伸ばす。
次の瞬間、
何もないはずの空間から、袋が現れた。
どさり。
床板が低く鳴る。
もう一袋。
さらに、もう一袋。
数を数える者はいない。
それが無意味だと、
全員が理解してしまったからだ。
「……空間保管か」
父の声は低い。
驚きはあったが、
動揺はなかった。
三男が持ち帰ったのは、
量ではない。
“仕組み”ごとだ。
小麦は、
一袋ごとに粒の色が微妙に違う。
母は近づき、
手袋もつけずに指を差し入れた。
「これ……同じ畑の物じゃないわね」
イベントリーから取り出されるたび、
別の可能性が床に置かれていく。
雨に強いもの。
寒さに耐えるもの。
実りは少ないが、確実なもの。
説明はいらなかった。
次に現れたのは、
布に包まれた種袋。
音が違う。
乾ききっている。
妹が息をのむ。
「……生きてる」
誰も笑わない。
その言葉が、
正しいと分かってしまったからだ。
最後に酒。
瓶を並べる必要すらない。
一本だけ取り出し、
卓に置く。
「祝い用だ」
父はそう言って、
それ以上は触れなかった。
空間から物が消え、
現れるたび、
家族の中で一つの認識が固まっていく。
これは“土産”ではない。
備蓄でもない。
「運べる」
「選べる」
「保存できる」
――支配できる物流だ。
辺境において、
それは軍事力に等しい。
ジャックは、
何も言わない。
説明しない。
誇らない。
ただ、
必要な分だけを取り出し、
残りは空間へ戻した。
その様子を見て、
父は初めて、
ほんの少しだけ目を細めた。
「……三男である意味が、
はっきりしてきたな」
その一言で、
ジャックの胸は静かに緩む。
懐かしくて、
ホッとして、
それでいて――
もう元には戻れないと悟る。
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