55話 再出発の場所
休日。
ジャックは朝の電車に乗り、東京へ向かった。
スーツでもなく、作業着でもない。
ただの私服。
だが、鞄の中身は違う。
住民票。
課税証明。
在職証明。
銀行の残高証明。
身分証。
――すべて、揃っている。
(揃ってしまったな)
少し前まで、
「借りられるかどうか」を心配していた自分が嘘みたいだった。
東京に着く。
人は多い。
ビルは高い。
情報量が多すぎて、
一瞬、目が疲れる。
(借りるのは、簡単じゃない)
それは分かっていた。
外国人の顔。
勤務地は地方。
単身。
若い。
不動産会社が不安になる条件は、
いくつも重なっている。
保証人。
在留資格。
継続性。
説明すればするほど、
相手の顔が曇る未来が見えた。
だからこそ――
「購入で考えています」
最初の一言で、
空気が変わった。
営業マンの姿勢が、
露骨なほどに変わる。
書類を一枚ずつ机に出す。
「ご予算は?」
あらかじめ伝えてあった数字。
決して自慢する額ではない。
だが、
疑われる額でもない。
「では、内覧に行きましょう」
車に乗り込む。
窓の外を流れる街並みを見ながら、
ジャックは思う。
(何回も買えない)
投資と違う。
数字で割り切れない。
ここは、
寝る場所で、
考える場所で、
声を出す場所だ。
誰にも見せない顔を、
さらす場所。
一件目。
便利だが、狭い。
壁が薄そうだ。
配信向きじゃない。
二件目。
眺めはいいが、
夜がうるさい。
気が散る。
三件目。
駅から少し遠い。
だが、
静かで、
窓が大きい。
光が、綺麗に入る。
(……悪くない)
キッチン。
水回り。
防音。
天井高。
一つずつ、
未来の自分を当てはめていく。
仕事終わりに転移して、
靴を脱ぐ。
水を飲む。
椅子に座る。
そのまま、
配信を始める。
誰も知らない夜。
(後悔は……しない)
そう思えた。
完璧じゃない。
でも、
「とびきり」だ。
書類にサインする手は、
驚くほど落ち着いていた。
――身分がない少年だった頃、
夢にも思わなかった。
東京に、
自分の部屋を持つ日が来るなんて。
鍵を受け取る。
小さな金属音が、
やけに重く響いた。
(ここからは、俺の選択だ)
誰に強制されたわけでもない。
誰かに証明するためでもない。
ただ、
自分が納得するために。
ジャックは、
新しい鍵をポケットにしまい、
静かに息を吐いた。
後書きという名のお願い 面白い、こんな展開もありと思った方は 下の★マークをタップ 感想やご意見お待ちしてます。




