50話 真実を知りたくなる
兄は、薬瓶をしばらく掌の上で転がしていた。
ガラスは安っぽく、ラベルもない。
胡散臭い――それだけなら、ここまで迷わない。
だが、あの青年の目が、どうしても引っかかっていた。
嘘をつく人間の目ではない。
かといって、真実を語る人間の目とも言い切れない。
**「知っていることを知っている目」**だった。
――判断材料としては、十分だ。
そう言い聞かせて、兄は瓶の栓を抜いた。
匂いはほとんどない。
躊躇は一瞬。
覚悟は、もっと前からできていた。
喉を通った液体は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
その夜、何も起こらなかった。
発熱も、幻覚も、痛みもない。
「やはり詐欺か」
そう結論づけて眠った。
翌朝までは。
洗面所の鏡を見た瞬間、兄は声を失った。
目の下のたるみが消えている。
白髪が、はっきり減っている。
肌の張りが、写真でしか見たことのない頃のそれだ。
何より――
鏡の中の自分が、まだ“諦めていない目”をしていた。
震える手で、昔の免許証を引っ張り出す。
十年前の顔。
一致している。
理屈が、追いつかない。
その日の昼過ぎ、インターホンが鳴った。
開ける前から、分かっていた。
金髪の青年――ジャック。
自称・弟。
人懐っこい笑顔。
「おはよう、兄ちゃん。
……成功したみたいだね」
兄は、しばらく言葉を探してから、低く言った。
懐かしい弟の兄を呼ぶいつもの呼び方
「説明しろ。
全部だ。
逃げ道も、嘘も、いらない」
ジャックは少しだけ、困ったように笑った。
「うん。
でもね、先に言っておくよ」
一歩、踏み込んで。
「それで“弟だ”って信じなくてもいい。
ただ――
これから起きることに、兄ちゃんはもう無関係じゃない」
兄は悟った。
この薬は、証明ではない。
信仰でもない。
入口だ。
十年若返った身体と、
まだ整理のつかない理性。
そして、
死んだはずの弟を名乗る存在。
兄弟は、ここから
同じ場所に立った。
血縁としてではなく、
運命の当事者として。
――どうなるか?
少なくとも一つだけ、確かなことがある。
もう、元の生活には戻れない。




