第5話 魔法を直接、初めて見る
それは、偶然だった。
だが、辺境伯家では「必然」と呼ぶ類の出来事でもあった。
屋敷の中庭に、緊張した空気が張りつめている。
兵士たちが一定の距離を保ち、円を描くように立っていた。
(……何かあるな)
俺は乳母に抱かれながら、その中心を見つめていた。
「では、始める」
低く、よく通る声。
そこに立っていたのは、見慣れぬ男だった。
年の頃は三十代半ば。
身に纏うのは、実用本位のローブ。
(魔法使い、か)
確信があった。
理由は単純だ。
その男の周囲だけ、空気の“密度”が違う。
◆
男が、静かに詠唱を始める。
聞き慣れない言語。
だが、意味のない音ではない。
(構文だ……)
思考が、自然と走る。
(言語化された意志。魔法を安定させるための枠組み)
次の瞬間――
空気が、歪んだ。
何もない空間に、淡い光が集まり、
やがて“形”を持つ。
炎。
小さく、だが確かな熱を放つ炎が、男の掌に灯った。
「……っ」
思わず、呼吸が止まる。
(これが……魔法)
知識としてではない。
物語としてでもない。
現実として、存在する力。
◆
だが、俺の視点は、そこに留まらなかった。
(空間だ)
炎そのものではない。
炎が“そこに存在できる場所”が、
一瞬、切り取られている。
(生成じゃない……転写?)
別のどこかから、
“持ってきている”。
その仮説が浮かんだ瞬間、背筋が震えた。
(魔法とは、時空に干渉する技術だ)
ならば、俺の時空魔法は――
(根源に、近い)
◆
詠唱が終わり、炎は消える。
「以上だ」
男は淡々と告げた。
周囲の兵が、わずかに息を緩める。
「すごい……」
「本当に、炎が……」
誰かの呟き。
だが俺は、別のものを見ていた。
炎が消えた“跡”。
そこには、ほんの一瞬、空間のズレが残っていた。
(座標が、甘い)
(完全に固定されていない)
魔法が高度であればあるほど、
使用者の認識精度が問われる。
(……転移魔法の基礎だ)
確信が、芽生える。
初めて魔法を見た日。
それは同時に、俺が魔法を“理解し始めた日”だった。
辺境伯家の三男として。
時空魔法を授かった者として。
(この力は、使い道を選ぶ)
慎重に。
誰にも悟られず。
だが確実に。
――ジャック・フォン・キルヒアイスは、
魔法という現実を、その目に刻み込んだ。
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