46話 見知らぬ青年が、弟だと言った日
――兄の記憶と疑念――
インターホンが鳴った。
宅配でも営業でもない、
妙に間の悪い時間。
モニターに映ったのは、
見覚えのない若い男だった。
年は二十前後。
整った顔立ちだが、どこか落ち着きすぎている。
嫌な予感がした。
第一声で、空気が変わった
玄関を開けた瞬間、
青年は頭を下げてこう言った。
「突然すみません。
……俺、弟です」
意味がわからなかった。
冗談か、悪質な詐欺か。
あるいは、頭のおかしい奴。
どれにしても、相手にする理由はない。
「からかってるのか?」
怒鳴るより先に、
冷静に言ったつもりだった。
「帰れ。
そういう冗談は、他所でやれ」
青年は、少し困った顔で笑った。
その笑い方が、
やけに――見覚えがあった。
兄しか知らない話
青年は、玄関先から一歩も入らずに話し始めた。
・小学生の頃、二人で隠したゲーム機
・雨の日、迎えに行けなかった日の喧嘩
・弟が一人で泣いていた理由
・父を知らない弟と昔の苗字、台所で交わした短い会話
どれも、
他人が知りようのない話だった。
俺と弟しか知らない。
記録にも、写真にも残っていない。
母のこと
そして、最後に。
「母さん、今は○○の施設だろ。
夜になると、俺の名前を呼ぶんだ」
息が止まった。
それは、
最近になってからの話だ。
誰にも言っていない。
親戚にも、職場にも。
怒りにすがる
俺は、青年の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるな。
どこで調べた。
いくら払った」
青年は、抵抗しなかった。
ただ、静かに言った。
「調べてない。
覚えてるだけだ」
その言い方が、
あまりにも“あいつ”だった。
追い出す
これ以上、聞いたら駄目だと思った。
頭が追いつかない。
心が耐えられない。
「帰れ。
二度と来るな」
そう言って、ドアを閉めた。
青年は、何も言わなかった。
残されたもの
静かになった玄関で、
俺はしばらく動けなかった。
からかわれている。
そう思いたい。
でも――
あまりにも詳しすぎる。
思い出の角度が、同じすぎる。
芽生える感情
夜、布団に入ってからも、
頭から離れなかった。
「もし、万が一」
「本当に、弟だったら」
そんな考えが浮かんでは、
必死に打ち消す。
信じた瞬間、
何かが壊れる気がしたから。
終わりに
それでも。
携帯の履歴を開き、
もう一度インターホンの映像を見る。
見知らぬ青年。
それ以上でも、それ以下でもないはずなのに。
胸の奥に、
確かに小さな「もしや」が芽生えていた。




