38話 帰還後、最初に浮かんだ顔
転移は静かだった。
音も光もなく、ただ「空気の重さ」だけが切り替わる。
ジャックは人混みの外れ、記憶の中にある路地に立っていた。
(……戻ってきた)
舗道のひび割れ、古い自販機、角の電柱。
全部、記憶通りだ。
そして、真っ先に頭に浮かんだのは――
家族でも、向こうの仲間でもない。
(……あの人は、まだいるのか?)
半信半疑の再訪
NPOの相談窓口。
派手でもなく、貧相でもない、ごく普通の雑居ビル。
エレベーターのボタンを押す指が、わずかに緊張する。
(時間は、俺の感覚で2年) (こっちは……数ヶ月か? それとも一年?)
扉が開く。
掲示板、パンフレット、配置。
変わっていない。
受付に目をやる。
そして――
「……あ」
彼女は、いた。
あの時と同じ席。
同じように書類に目を落とし、同じ癖でペンを回している。
年齢は少しだけ進んだように見えるが、
**“ここに居続けている人間の空気”**は変わっていなかった。
再会
ジャックが一歩踏み出すと、彼女が顔を上げる。
一瞬、視線が合う。
「……あれ?」
眉がわずかに寄る。
「どこかで……」
ジャックは名乗らなかった。
いきなり世界線や未来の話をする気はない。
「前に、ここで少しだけ相談に乗ってもらいました」
数秒、記憶を辿る沈黙。
「あ……!」
彼女は思い出したように、目を見開く。
「お金がなくて、困ってた子……」
「その節は」
軽く頭を下げる。
「無事だったんですね」
その一言に、
彼女が“結果を気にしていた側”だったことがにじむ。
「はい。いろいろ、ありましたけど」
ジャックはそれ以上、語らない。
・未来予測
・世界線
・異世界
・銃撃事件
――一切、言わない。
ただ、“戻ってきた”という事実だけを置く。
相談員の違和感
彼女は一度、ジャックを上から下まで見た。
服装、姿勢、目。
(……前と、違う)
身分のない青年だったはずだ。
だが今目の前にいるのは、**「何かを乗り越えた大人の目」**をしている。
「今日は……どうしました?」
ジャックは正直に答える。
「確認したかったんです」
「何を?」
「……戻る場所が、まだあるかどうか」
彼女は少しだけ、微笑んだ。
「ありますよ。
ここは、そういう人のための場所ですから」
その瞬間、ジャックは確信する。
(ああ……) (この人は、俺の“現実側の錨”だ)
静かな次の一歩
「実は、また相談があります」
「今度は、どんな?」
ジャックは少し間を置いてから言った。
「身分が曖昧なままでも、
“積み上げられるもの”って、何がありますか?」
彼女の表情が、仕事の顔に切り替わる。
「……いい質問ですね」
ここから先は、
・制度
・記録
・履歴
・信用
魔法ではない戦いが始まる。




