第29話 世界を、覗く
十六歳になった。
辺境伯領は相変わらず平穏で、
世界は相変わらず、俺を放っておかなかった。
使徒。
神の寵児。
世界の均衡装置。
……どれも、俺の目的とは関係ない。
「重要なのは、“座標”だ」
地下の研究室。
何重にも張った結界の中心で、俺は魔法陣を展開していた。
時空魔法を、さらに分解する。
転移。
断絶。
固定。
それらを「移動」ではなく、
観測として再定義する。
「行くな」 「触るな」 「見るだけだ」
魔力を極限まで抑え、
干渉を完全に遮断する。
――世界線観測。
空間が、薄く剥がれる感覚。
目の前に現れたのは、
鏡のような“層”。
幾重にも重なった、可能性の膜。
「……見えた」
初めてだ。
転移ではない。
召喚でもない。
ただ、向こう側が存在しているという事実。
俺は、息を殺す。
一つの層が、微かに揺れた。
そこには――
狭い部屋。
安物の机。
光るモニター。
マイク。
配信画面。
「……俺の部屋だ」
年齢は違う。
時間も、違う。
だが間違いない。
俺が、置いてきた世界。
胸の奥が、きしむ。
「……本当に、あったんだな」
次の瞬間。
視界の端に、ノイズが走った。
――見られている。
反射的に、魔力を遮断。
世界の層が、弾けるように閉じた。
俺は、その場に膝をつく。
「……っ」
心臓が、異常な速さで打っている。
成功だ。
だが同時に、失敗でもあった。
「観測できた」 「でも……」
拳を握る。
「向こうも、俺を認識した」
誰か、ではない。
何か。
世界そのものか、
あるいは――
「……干渉者」
創造神とは違う存在。
俺は、冷静に結論を出す。
「次は、完全遮断」 「観測者を、観測する」
恐怖は、ない。
焦りも、ない。
ただ、確信があった。
――帰る道は、存在する。
そして。
――その道を、見張る者がいる。
俺は立ち上がり、魔法陣を書き換える。
十六歳。
世界を救う気はない。
神に従う気もない。
俺はただ、
自分の人生を取り戻すために、世界を覗いた。
その一歩は、小さい。
だが確実に、
終点へ近づいていた。




