19話 ・王都が騒然とし辺境伯領が沈黙した日
敵軍一万五千が消えた。
正確には、消えたように見えただけで、
実際には「どこにも行けなくなった」のだが、
王都に届いた報告書には、そう記されていた。
辺境伯領方面、敵軍動向不明。
進軍停止。
戦闘報告なし。
損害報告なし。
意味がわからない。
王都は一瞬で騒然となった。
「どういうことだ」
「撤退したのか?」
「伏兵か? 罠か?」
軍議の場では、怒号と困惑が飛び交う。
敵が来ているはずなのに、戦が始まらない。
いや、始まる前に終わっている。
やがて、辺境伯家から追加の報告が届いた。
敵軍は健在。
ただし、広域結界内に完全封鎖中。
脱出不可。
外部干渉不可。
……意味が、通らなかった。
「結界?」
「一万五千を?」
「誰が?」
その問いに対する返答は、あまりにも簡潔だった。
実行者。
ジャック・フォン・キルヒアイス(十才)。
その名が読み上げられた瞬間、
会議室が凍りついた。
「……十才?」
「辺境伯の三男?」
「いや、待て。聞いたことがある」
魔力測定不能。
ドラゴン討伐。
異常成長。
断片的な情報が、王都の記録官や軍務官の頭の中で繋がっていく。
「戦争が……成立していない」
誰かが、ぽつりと呟いた。
軍を動かす意味がない。
補給も、布陣も、士気も関係ない。
戦う前に、戦場そのものが封じられている。
これは勝利ではない。
制圧でもない。
戦争という概念そのものが、無効化されていた。
王は、玉座に深く腰を下ろしたまま、しばらく黙っていた。
やがて、低い声で言う。
「……辺境伯を呼べ」
「そして、その子もだ」
側近が一瞬ためらう。
だが、すぐに頭を下げた。
この日を境に、王都では噂が広がり始める。
辺境に、
国を一人で守れる存在がいる。
剣でもなく、軍でもなく、英雄でもない。
ただの少年。
だがその少年は、
一万五千の兵を、
一歩も動かずに無力化した。
王都は騒然とし、
同時に、理解し始めていた。
この世界の力関係が、
静かに、だが確実に変わったことを。




