18話 なんだか退屈だな
十才になった頃、俺の周囲から「敵」と呼べる存在はいなくなっていた。
数年前、森の奥で遭遇したドラゴンとの戦い。
あれは戦いというより、確認作業に近かった。
空間を断ち、時間を縫い、巨体は抵抗する間もなく沈黙した。
その頃にはもう理解していた。
この世界で、正面から俺に対抗できる存在はほとんどいない。
そんなある日、辺境伯家に緊急の報告が入った。
隣国が、マルーン王国へ侵攻を開始したという。
兵力はおよそ一万五千。
王都からの勅命は早かった。
辺境伯フォニアジークに、即時迎撃の命。
屋敷の空気が一変する。
父は地図を広げ、将たちは慌ただしく動き出した。
俺は、その様子を横で見ながら首を傾げる。
一万五千。
数字としては多い。
だが、脅威かと言われると、そうは感じなかった。
「とりあえず、見てくるよ」
そう言って、誰も止める間もなく転移魔法を発動した。
次の瞬間、俺は敵軍の上空にいた。
隊列を組んだ兵士たちが、地を埋め尽くしている。
確かに数は多い。
だが、統率も練度も、特筆するほどではない。
「ふーん」
そう呟き、魔力を広げる。
空間を固定し、展開。
広域結界。
一万五千の兵を、丸ごと包み込む。
逃げ場はない。
外からも中からも干渉できない、完全な隔離。
突然、視界が閉ざされた敵軍は一瞬で混乱した。
怒号、悲鳴、命令が錯綜する。
だが、それらはすべて結界の内側で反響するだけだ。
俺は満足して頷き、再び転移する。
屋敷に戻ると、父や将たちが作戦を詰めていた。
「どうだった?」
父が聞く。
俺は軽く手を振って答えた。
「とりあえず、閉じ込めておいたよ」
一瞬、沈黙。
「……何を?」
「敵軍。一万五千人」
父の思考が止まるのが、はっきりわかった。
「結界で?」
「うん」
まるで、庭の犬を囲いに入れたかのような口調だった。
しばらくして、父は深く息を吐いた。
「……わかった。
まずは状況を整理しよう」
だがその表情には、焦りよりも理解不能なものを見る顔が浮かんでいた。
敵はいなくなった。
少なくとも、戦場からは。
この戦争は、
俺が関わった時点で、もう形だけのものになっていた。




