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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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164話 涼香の懇願 ――「会わせてください」

官邸の一室。

応接用として整えられた空間は、

過不足なく整然としている。

だが、

その整い方が、

今の涼香にはひどく冷たく感じられた。

首相は、

ソファに深く腰を下ろしていた。

ネクタイは緩められ、

表情には疲労がはっきりと浮かんでいる。

この一か月、

そして昨日。

国家の命運と、一人の青年の命を同時に背負った男の顔だった。

「……本題に入ろうか」

首相が口を開く。

低く、静かな声。

「君には、すでに伝えている通りだ。

 彼――ジャック氏は現在、深い昏睡状態にある」

涼香は、

それを遮るように一歩踏み出した。

「分かっています」

声が、震える。

だが、

逃げなかった。

「分かっています。でも……」

一瞬、言葉が詰まる。

指先が、

ぎゅっと握りしめられる。

「それでも……会わせてください」

部屋の空気が、

一段、重くなった。

首相はすぐには答えない。

机の上の資料に目を落とし、

しばらく沈黙する。

その沈黙が、

拒絶に等しいことを、

涼香は本能で理解していた。

「……理由を聞こう」

ようやく首相が言った。

「医療的には、

 面会が意味を持つ段階ではない」

「刺激は、

 むしろ負担になる可能性が高い」

「それでも――」

視線を上げ、

涼香を見る。

「なぜ、君が会う必要がある?」

涼香は、

一度、深く息を吸った。

胸が苦しい。

でも、

ここで言葉を選べば、

一生後悔する。

「“必要”かどうかなんて、分かりません」

正直な言葉だった。

「医学的な理由も、

 論理的な根拠もありません」

それでも。

「……でも、ジャックは」

声が、

わずかに掠れる。

「一人で全部背負って、

 誰にも弱音を吐かない人でした」

首相の眉が、

わずかに動く。

涼香は続けた。

「昼の会見でも、

 前夜でも、

 地震の最中でも……」

「彼は一度も、

 “怖い”って言わなかった」

「“助けてほしい”とも、

 “無理だ”とも」

唇を噛みしめ、

それでも言葉を止めない。

「でも……」

「夢の中で、

 あの人は“聞いてしまった”んです」

首相が、

顔を上げた。

「……何を?」

涼香は、

一瞬、迷った。

だが――

隠す意味はない。

「あなたの、本音です」

その言葉に、

首相の表情が凍る。

「一人で酒を飲みながら、

 誰にも聞かせるつもりのなかった言葉」

「“すまなかった”って」

「“一人にさせてしまった”って」

首相は、

何も言わない。

否定もしない。

それが、

答えだった。

涼香は、

一歩、さらに踏み出した。

そして――

深く、頭を下げた。

「お願いします」

声は、

震えている。

だが、

はっきりしていた。

「国家の判断としてではなくていい」

「規則でも、

 前例でもなくていい」

「ただ――」

顔を上げる。

涙が、

こぼれそうになりながらも、

必死に耐えている目。

「“彼を一人にしない”という判断を、

 してください」

長い沈黙。

時計の秒針の音だけが、

やけに大きく響く。

首相は、

ゆっくりと立ち上がった。

窓の外を見る。

東京の空。

静かすぎる街。

「……君は」

低く、

かすれた声。

「彼を、

 救えると思っているのか?」

涼香は、

首を横に振った。

「救えるかどうかは、分かりません」

「でも……」

視線を、

逸らさずに。

「戻ってくる理由には、

 なれると思っています」

首相は、

目を閉じた。

数秒。

いや、

数十年分の重さを持つ沈黙。

やがて、

小さく息を吐く。

「……30分だけだ」

「医師立ち会い。

 記録なし。

 外部非公開」

「これは、

 正式な“許可”ではない」

視線を、

まっすぐに涼香へ。

「――私の“私情”だ」

涼香の目から、

一筋、涙が落ちた。

「……ありがとうございます」

その声は、

ほとんど祈りだった。

首相は、

背を向けたまま、

小さく言った。

「……必ず、

 帰ってこさせてくれ」

後書きという名のお願い

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