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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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175/181

162話 首相官邸・地下執務室

―― 非公式会合記録なし

部屋には、

首相と、長年仕える内閣官房長官、

そして危機管理監の三人しかいなかった。

記録官はいない。

録音も、通信も遮断されている。

ここで交わされる言葉は、

国家の言葉ではない。

首相は、

深く椅子に腰掛けたまま、

しばらく何も言わなかった。

机の上には、

一枚の写真。

結界越しに撮影された、

“止まった津波”。

高さ二十メートル。

黒く、重く、

本来ならすべてを飲み込むはずの水。

それが――

止まっている。

「……」

首相は、

小さく息を吐いた。

「正直に言おうか」

誰に向けた言葉でもない。

「――助かった、と思っている」

官房長官が、

わずかに眉を動かす。

否定はしない。

同じ感情だからだ。

「だがな」

首相は、

写真から目を離さずに続ける。

「それ以上に、

 “怖い”」

その言葉は、

重く落ちた。

「自然災害は、対策できる。

 最悪でも、想定の中に収まる」

机を、

指先で軽く叩く。

「だが――

 一人の人間が、

 この国を丸ごと覆う力を持つ」

顔を上げる。

「それが善意であってもだ」

危機管理監が、

静かに言った。

「彼がいなければ、

 死者は――」

「分かっている」

首相は、

強く遮った。

「分かっているからこそ、だ」

声が、

わずかに荒れる。

「英雄として讃えればいい?

 国民はそうしたがるだろう」

「だがな、

 次に同じことが起きたとき」

視線が、

鋭くなる。

「“彼がやる前提”になる」

沈黙。

それは、

国家として最も恐れる未来だ。

「そして、

 彼ができなくなった時」

首相は、

ゆっくりと言った。

「――この国は、

 耐えられない」

官房長官が、

低い声で問う。

「では、どうするおつもりですか」

首相は、

しばらく考え――

いや、考えていなかった。

答えは、

もう出ている。

「縛る」

一言。

「だが、

 鎖ではない」

「英雄に手錠をかけた瞬間、

 この国は終わる」

首相は、

目を閉じる。

「だから――

 彼が目を覚ましたら」

「“頼む”しかない」

それは、

命令でも、

取引でもない。

「国としてではなく」

「人として」

「どうか、

 力を振るう前に、

 我々に声をかけてくれ、と」

危機管理監が、

苦く笑った。

「……随分、弱い交渉ですね」

首相は、

はっきりと答えた。

「弱いさ」

「だが、

 それしか許されない相手だ」

再び、

写真を見る。

止まった津波。

無傷の都市。

そして――

その代償として倒れた、

たった一人。

「彼はな」

首相は、

ほとんど独り言のように言った。

「国家より先に、

 人を守った」

「なら、

 国家が先に

 彼を踏み潰すわけにはいかん」

静かな部屋に、

時計の音だけが響く。

公式には、

何も語られない。

だがこの夜、

日本の首相は確かに理解した。

この国は救われた。

だが、同時に

“救われてしまった”のだ、と。

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