161話 翌朝 ―― 涼香に届いた連絡
朝は、あまりにも普通だった。
カーテン越しの光。
湯を沸かす音。
ニュースをつける勇気は、まだない。
涼香は、
それでも「待つ」という行為を選んでいた。
連絡は来る。
来ないはずがない。
それが良い知らせか、
悪い知らせかは――
考えないようにしていた。
その時、
携帯が震えた。
着信音は鳴らない。
政府指定回線。
表示された番号を見た瞬間、
涼香の指先が、一瞬止まる。
深呼吸を一つ。
そして、出る。
「……はい」
相手の声は、冷静だった。
感情を徹底的に排した、
「説明のためだけの声」。
「内閣危機管理監補佐官です。
涼香様でお間違いありませんね」
「……はい」
一拍。
「結論からお伝えします」
その言い方で、
涼香は悟った。
これは、
喜びの電話ではない。
「昨日の事案に関連し、
ジャック氏が――」
ほんの、
ほんの一瞬だけ、
言葉が詰まった。
それはプロの失敗ではない。
人間の反応だった。
「――本日早朝、
東京都内にて発見されました」
涼香の胸が、強く脈打つ。
「……生きて、いるんですね」
返答は、即座には来なかった。
「……はい」
だが、
その「はい」は、
安堵を含んではいなかった。
「ただし」
来る。
必ず、来る。
「昏睡状態です」
涼香は、
その言葉を、
一度、頭の中で転がした。
昏睡。
眠っている、ではない。
意識がない、でもない。
戻ってこられない状態。
「生命兆候は安定しています。
外傷はありません」
それは、
慰めとしては、あまりにも冷たい。
「……原因は?」
涼香の声は、
自分でも驚くほど落ち着いていた。
相手は、少し間を置いて答える。
「医学的には、説明不能です」
予想通りだった。
「極度の精神・肉体負荷。
加えて――」
一瞬、声が低くなる。
「人為的、あるいは自然災害の範疇を超えた
何らかの行為による消耗」
つまり。
“やった結果だ”
ということだ。
涼香は、
視線を窓の外に向ける。
空は、静かだ。
あれほどの夜が嘘のように。
「……会えますか」
その問いは、
個人としてのものだった。
だが返答は、
国家としてのものだった。
「現時点では、できません」
即答。
「現在、政府管理下にあります。
治療というより、
状態維持と監視が目的です」
監視。
その単語が、
はっきりと刺さる。
「……彼は、罰せられるんですか」
沈黙。
否定も、肯定もない沈黙。
そして。
「それは、
“目を覚ました後”の話になります」
涼香は、
思わず、携帯を強く握った。
目を覚ました後。
それは、
裁かれる、という意味だ。
「最後に」
補佐官は、
事務的に言った。
「ご家族・ご親族への連絡は、
現時点では控えていただきたい」
理由は、言わない。
言う必要がないからだ。
通話は、
それで終わった。
切れた画面を、
涼香はしばらく見つめていた。
生きている。
だが、
彼はまだ、戻ってきていない。
涼香は、
小さく息を吐く。
「……ほんとに、
全部一人で背負う人ね」
誰に向けた言葉でもない。
だが、
確かにそこには、
彼がいないことへの現実があった。
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