158話 6月24日 午後13時40分。
空気が、先に悲鳴を上げた。
ほんの数秒前。
携帯端末から一斉に鳴り響いた緊急地震速報の不協和音が、無人の都心に虚しく反響する。
誰の耳にも届かない警告。
それでもその音は、都市そのものに向けて鳴らされているかのようだった。
ジャックは、すでに空にいた。
雲を突き抜け、成層圏ぎりぎり。
飛翔魔法によって静止した彼の視界の下には、日本列島が一望できる。
都市も、山も、海も――すべてが、これから起きる「運命の日」を知らないまま、静止画のように横たわっていた。
(来る)
次の瞬間。
地震発生。
大地が、砕けた。
マグネチュード8.3。
地殻が悲鳴を上げ、プレート同士が激突する衝撃が、波となって列島全体を揺さぶる。
東京都心。
無人のビル群が、同時に軋んだ。
高層ビルの外壁が波打つように歪み、ガラスが一斉に耐えきれず破裂する。
数万、数十万のガラス片が、まるで雨のように空中を舞い、無人の交差点に降り注いだ。
道路が割れる。
アスファルトが裂け、地中から濁流のように砂と水が噴き上がる。
首都高速の橋脚が横方向に大きくズレ、支えを失った高架道路が、スローモーションのように崩落していく。
地下では、さらに凄惨な光景が広がっていた。
地下鉄のトンネルが圧壊し、コンクリートが粉砕され、レールが蛇のようにうねる。
駅構内の天井が剥がれ落ち、照明が破裂し、火花だけが無人のホームを照らした。
そのすべてを覆い尽くすように――
結界が展開される。
ジャックが、全力で魔力を解放した。
日本列島全域。
海岸線から内陸、山岳地帯、都市部、離島に至るまでを包み込む、前例のない超広域結界。
空が、わずかに歪む。
透明でありながら、確かに“存在する壁”。
光が屈折し、雲の影が不自然に割れ、日本という国の形そのものが、巨大なドームとして浮かび上がる。
(向こうでも……やったことがない規模だ)
魔力が、悲鳴を上げる。
結界そのものが重力を帯び、空間が圧縮される感覚が、ジャックの全身を締め付けた。
そのときだった。
――――海が、動いた。
いや、持ち上がった。
沖合で隆起した海面が、黒く、異様な色を帯びながら迫ってくる。
大量の瓦礫、土砂、破壊された港湾施設を巻き込み、真っ黒な津波となって日本列島へ突進する。
報道ヘリが、結界の外側すれすれを飛行していた。
結界の制限により、低空でしか撮影は許可されていない。
モニター越しに映る光景に、誰も言葉を発せなかった。
津波が――
結界に衝突する。
轟音。
それは爆発音にも、雷鳴にも似ていない。
巨大な質量が、透明な壁に叩きつけられた、世界そのものの衝突音だった。
だが。
結界は、びくともしない。
黒い水塊が、壁に沿って盛り上がり、高さ20メートルの位置で完全に停止する。
まるで巨大なコップの中に、日本列島が閉じ込められ、その縁まで水が満たされたかのような光景。
結界の内側。
無人の東京。
摩天楼の上空に、静止した津波が覆いかぶさる。
報道陣の中から、抑えきれない声が漏れる。
「……止まってる……」 「水が……空に、固定されてる……」
次の余震。
大地が再びうねり、すでに傷ついた建物が耐えきれず崩れ落ちる。
無人のオフィスビルが、ゆっくりと傾き、やがて粉塵を巻き上げながら地面に叩きつけられる。
その瓦礫すら、結界の内側で守られ、津波には触れない。
ジャックは、歯を食いしばる。
結界の向こう側で暴れる自然の力と、内側で崩壊していく文明の痕跡。
そのすべてを、一人で支えているという現実が、圧となってのしかかる。
(……まだだ)
これは終わりではない。
これは、始まりの瞬間だ。
無人となった都心に、粉塵が舞い、黒い津波が空に止まり、
透明な結界の中で、日本列島は――かろうじて、存在を保っていた
後書きという名のお願い
下の★マークのタップとブックマークをお願いします。
今後の活動の励みになります。




