156話 運命の日・前夜
― 官邸会見、首相と共に ―
官邸の会見場は、異様な静けさに包まれていた。
昼の会見とは違い、ざわめきはない。
あるのは、覚悟を測るような沈黙だけだった。
首相が一歩前に出る。
「国民の皆さん。
明日は、その日です。」
短い言葉だったが、会場の空気が一段重くなる。
「明日から、飛行機、船舶、漁船――
すべての操業・運航を禁止します。
避難は、もうお済みでしょうか」
首相は原稿から目を離し、カメラを正面から見据えた。
「政府は、この一か月、
プライドや前例にとらわれず、
国民を一人でも多く助けるため、
できる限りの対応をしてきました」
防災、警察、消防、自衛隊、自治体。
すべてが総動員された事実を、
淡々と、しかし誇張なく語る。
「この未曾有の災害に対し、
政府として出し得る手は、
すべて出し尽くしたと考えています」
そして、首相は一歩下がった。
その瞬間、
会見の重心が切り替わる。
ジャックが前に出る。
「後は――
私の出番です」
声は大きくない。
だが、揺れなかった。
「地震の発生直後から、
津波が発生します」
会場に、息を呑む音が広がる。
「その津波は、防いでみせます。
ですが――」
一拍、間を置く。
「避難していない方が、
もし身近にいたら。
警察関係者、防衛省、
各関係機関の皆さんに、
声をかけていただくしかありません」
自分一人では、救えない命がある。
それを、はっきりと認めた言葉だった。
「もし――
明日、地震が来なければ」
ジャックは一切、視線を逸らさない。
「私の個人資産は、
すべて国に差し出します」
記者席がざわめく。
「そして、
国家騒乱罪、
もしくはそれに準ずる裁きを受けるでしょう」
それは脅しでも、芝居でもなかった。
「覚悟は、できています」
静かに、断言する。
「しかし――
必ず、地震は来ます」
再び、首相を見る。
「首相。
最後のお願いを、
国民にお願いします」
首相は深く一度、うなずいた。
首相の最後の言葉
「国民の皆さん」
声には、疲労と、それ以上の決意が滲んでいた。
「どうか、
パニックにならないでください」
「誰かを押しのける行動は、
誰も救いません」
「冷静に。
静かに。
互いに声を掛け合い、
行動してください」
「政府は、
最後の最後まで、
皆さんと共にあります」
一拍置いて、締めくくる。
「どうか――
命を最優先に」
カメラの赤いランプが消える。
運命の日まで、
残された時間は、あと数時間。
だがこの夜、
日本中が初めて、
同じ方向を向いて静かに息を整えていた。
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