155話 ポーションの無料配布
政府中枢――深夜。
官邸地下の危機管理センターでは、ジャックの配信映像が無音で流れ続けていた。
字幕とリアルタイム解析だけが、静まり返った室内に淡々と情報を落としていく。
「――来たな」
誰かが低く呟いた。
画面には、ジャックが淡々と告げる姿。
“万が一に備え、ポーションを関東近郊の病院へ無償提供する”
その一言が、空気を変えた。
最初にポーションが運び込まれたとき、医師たちは誰一人としてそれを「信じて」はいなかった。
「成分不明。製造工程不明。理論背景なし」
救急医の一人が、そう淡々と口にした。
白衣の内側には、期待よりも警戒があった。
ただし、状況が異常だった。
震災を予測した人物が事前に無償配布した“薬”——
それが、関東近郊の複数病院に同時に届いている。
使用は緊急倫理委員会の簡易承認下。
対象は「既存治療では改善が見込めない重症患者」に限定された。
最初の症例。
多臓器不全、回復率は統計上ほぼゼロ。
投与から三十分後、モニターの数値が動いた。
「……心拍、安定してきてる?」
誰かが呟いた。
否定する声はなかった。否定できなかった。
血中酸素濃度、炎症マーカー、腎機能指標。
あり得ない速度で“正常値”へ近づいていく。
「再検査を。機械の誤作動の可能性もある」
医師はそう命じながら、内心では理解していた。
これは誤差ではない。偶然でもない。
二例目、三例目。
同様の改善。副作用は確認されない。
研究医が震える手でデータをまとめる。
「これは……治療じゃない。回復の“上書き”だ」
誰も「奇跡」とは言わなかった。
医療の世界で、その言葉は敗北を意味するからだ。
だが、誰もが理解していた。
このポーションは、医学の延長線上に存在しない。
それでも——患者は生きている。
「……使うべきだ」
若い医師が、迷いながらもそう言った。
「理論は後でいい。今は命が先だ」
その判断は、医師としての誇りと恐怖の両方から生まれたものだった。
正式な報告書の結論文は、極めて事務的だった。
――本薬剤は、現行医学では説明不能な回復効果を示した。
――再現性あり。安全性、現時点では問題なし。
――緊急医療下での使用を、強く推奨する。
そこに、ジャックという名前は一度も出てこない。
だが医療従事者たちは知っている。
この日を境に、
「治せるかどうか」という問いの意味が、変わってしまったことを。
後書きという名のお願い
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