135話 勝手に流れ込んだ未来
それは、本当に何気ない瞬間だった。
陽が昼寝をしている午後。
ジャックはソファに腰掛け、スマートフォンで仕事の通知を流し読みしていた。
――そのとき。
視界が、ずれた。
音が遅れて届く。
空気が歪む。
耳鳴りのような低い振動。
「……っ」
次の瞬間、映像が流れ込む。
ビルが揺れる。
ガラスが砕け、道路が裂ける。
湾岸沿いの高層群が、波のようにうねる。
人の悲鳴。
非常放送。
通信が落ち、救急車の音だけが断続的に響く。
――地震だ。
しかも、
広範囲・長時間・都市直撃型。
数字が勝手に浮かぶ。
震源。
規模。
被害想定。
ジャックは、反射的に目を閉じた。
「……やめろ」
未来予測でも、鑑定でもない。
求めていないのに、勝手に流れ込んできた未来。
胸の奥が、冷たくなる。
――これを、知ってしまったら。
――何もしない選択は、できるのか?
そのとき、寝室から小さな声が聞こえた。
「……ふぇ……」
陽の寝返りの声。
ジャックは立ち上がり、ベビーベッドを覗き込む。
穏やかな寝顔。
何も知らない、未来の中の存在。
「……」
震える手を、そっと柵に置く。
――この子の“当たり前”を、守れるのか。
――それとも、また世界に手を入れるのか。
迷いは、答えを出す前に――
涼香に話すべきだと、彼は理解していた。
涼香に打ち明ける
夕方。
陽が再び眠りについたあと。
「……涼香」
声が、わずかに硬い。
「どうしたの?」
キッチンに立っていた涼香が、振り返る。
その表情を見て、すぐに察した。
「……来たの?」
ジャックは、頷いた。
「勝手に」 「求めてもないのに、流れ込んだ」
ソファに座り、静かに話し始める。
場所。
規模。
時間帯。
被害の大きさ。
涼香は、途中で口を挟まなかった。
ただ、最後まで聞く。
「……地震、だね」
「うん」 「かなり、出る」
涼香は、少し目を伏せた。
「……陽は?」
「……見えた限りでは、ここは大丈夫だった」 「でも、それは“見えた範囲”だ」
沈黙。
涼香は、深く息を吸い、ゆっくり吐く。
「……相談してくれて、ありがとう」
その言葉に、ジャックの肩がわずかに緩む。
「一人で決めようとしてたでしょ」
「……うん」
「それは、もうやめよう」
涼香は、まっすぐ彼を見る。
「これは、“世界を救うか”の話じゃない」 「“家族としてどうするか”の話」
ジャックは、唇を噛んだ。
「……俺が何かすれば」 「被害は、減らせるかもしれない」
「でも、必ず“歪み”が出る」
涼香は、はっきり言う。
「私たちは、秘密の救済を“例外”としてやってきた」 「でも、これは規模が違う」
しばらく、二人とも黙る。
隣の部屋から、陽の寝息が聞こえる。
「……まずは」
涼香が、結論を急がずに言った。
「“今すぐ決めない”」 「次に、情報を整理する」 「そして――“越えてはいけない線”を、もう一度決める」
ジャックは、ゆっくり頷いた。
「……俺一人じゃ、判断できない」
「うん」 「だから、夫婦で考える」
涼香は、そっと彼の手を握る。
「この子の未来を、重たくしないために」
ジャックは、その手の温もりを確かめながら思う。
――力はある。
――でも、選択は、二人で。
未来は、まだ確定していない。
だからこそ、恐ろしい。
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