128話 ふとした瞬間に思うこと
夜。
帰宅して、シャワーを浴び、リビングの灯りを落とす。
ソファに腰を下ろし、何気なく天井を見上げた瞬間――
唐突に、思った。
(……前世の俺は)
後悔ばかりだったな、と。
選ばなかった道。
守れなかった人。
踏み出さなかった一歩。
取り返しのつかないことばかりを抱えて、
気づけば人生が終わっていた。
それに比べて。
今はどうだ。
隣の部屋には、眠っている妻がいる。
そのお腹には、新しい命が宿っている。
家族がいて、
帰る場所があって、
「おかえり」と言われる日常がある。
(……なんて、幸せなんだろうな)
理由は分からない。
ただ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
同時に、別の考えが浮かぶ。
――世の中には。
まだ何も悪いことをしていないのに、
若年性の病で苦しんでいる子供たちがいる。
痛みを知らないはずの年齢で、
未来を諦めかけている命がある。
(……鑑定で、分かる)
ジャックは、自分の力を思い出す。
病の根。
寿命の歪み。
消えかけている生命の炎。
見えてしまう。
(転移で……)
誰にも知られず、
記録にも残らず、
英雄にもならず。
ただ、
元の場所に、元の未来を返すだけなら。
ふと、笑ってしまった。
「……俺、何考えてるんだか」
世界を救う気など、さらさらない。
正義の味方でもない。
ただ――
今の幸せを、
誰かにも分けてやれたら。
それくらいの、気持ちだった。
そして、心の中でだけ、
小さく決める。
(……もし、やるなら)
(制限は必要だな)
それはまだ、
計画ですらない。
ただの、
後悔を知る男の、優しい衝動だった。
街を歩く。
仕事の合間、書類を片手に、風に少し肌寒さを感じながら。
ふと、目の前に病院の入り口が見える。
母親と中学生くらいの女の子が、荷物を抱えて歩いている。
何気ない日常の光景――
だが、ジャックの指先が、ふと反応する。
無意識に鑑定が働く。
対象は、女の子。
――微かな脈動。
生命の炎。
揺らぎと歪み。
目に見えない異常が、ジャックの胸に映る。
(……小児性の悪性リンパ腫か)
数字とイメージが重なる。
持っている荷物の多さは、入院を示すのだろう。
母親は、不安げに娘を支える。
けれど、心配でいっぱいなのは、隠せない。
(……なんとかしてあげたい)
胸に、静かな衝動が芽生える。
前世の自分が後悔ばかりだった人生。
今なら、まだ間に合う。
視線がふと遠くに向く。
(俺は、もう一度チャンスをもらえた。
あの子は、どうなんだろう……)
思わず、自分と重ねてしまう。
救えるかもしれない――その可能性に、心がざわつく。
歩を止め、ジャックは考える。
この子を助けるには、どうすればいいのか。
鑑定でわかること、転移でできること。
でも、誰にも知られずに――。
小さな決意が、胸の奥で形を取り始める。
(……密かに計画するか。
誰にも迷惑はかけず、
でも、この子に未来を返すために)
女の子と母親が病院に入るのを見送りながら、ジャックは静かに頷いた。
――これは、まだ表には出せない、
秘密の“闇の治療”計画の始まり。
後書きという名のお願い
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