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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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126話 診察室での“確定”の瞬間

白いカーテンの向こう側。

 診察室特有の、無機質な静けさ。

 涼香は、診察台に腰掛けていた。

 手は自然とお腹の上。

 その横で、母が座っている。

 少し前のめりで、落ち着かない。

 ジャックは、少し離れた位置に立っていた。

 近すぎず、遠すぎず。

 それが、今の彼の立ち位置だった。

「では……確認しますね」

 医師の声は、穏やかだった。

 モニターに映し出される、まだ小さな影。

 正直、何が何だか分からない。

 それでも――

 全員が、息を止めていた。

 数秒。

 それが、やけに長い。

「……はい」

 医師が、はっきりと頷く。

「妊娠しています」

 確定。

 一瞬、誰も声を出せなかった。

 音が、戻ってくるまでに時間がかかる。

「……」

 母が、口元を押さえる。

 さっきよりも、静かな涙。

「……ありがとうございます」

 震える声で、そう言った。

 涼香は、呆然とモニターを見ていた。

「……本当に?」

「はい。まだ初期ですが」

 医師は続ける。

「母体の状態も良好です」

 その言葉で、涼香の肩から、ふっと力が抜けた。

「……あ」

 声が、かすれる。

「よかった……」

 ジャックは、深く息を吐いた。

 鑑定で分かっていた。

 それでも――

(……医者の言葉で聞くと、違うな)

 現実として、胸に落ちる。

「今後の生活ですが」

 医師が、淡々と説明を始める。

 注意事項、検診の間隔、食事。

 どれも大切な話なのに、

 頭に入ってくるのは、断片だけ。

「……あの」

 母が、遠慮がちに聞く。

「この子……」

 言葉を選びながら。

「順調に育つ可能性は……?」

「現時点では、とても良い状態です」

 医師は、にこりと笑った。

「過度に心配しすぎないでください」

 その瞬間。

 母は、声を上げずに泣いた。

 肩が、わずかに揺れる。

 涼香は、そっと母の手を握った。

「……お母さん」

「うん……」

「大丈夫だって」

 診察が終わり、カーテンが開く。

 日常の音が、少しずつ戻ってくる。

 診察室を出る前。

 医師が、ふとジャックを見る。

「ご主人ですね」

「はい」

「これから、よろしくお願いします」

 その一言が、

 “夫”から“父”へ

 足を踏み入れた合図だった。

 診察室のドアが閉まる。

 廊下で、三人が立ち尽くす。

「……確定、だね」

 涼香が、ぽつり。

「うん」

 ジャックは、静かに答える。

 母が、二人を見て、言った。

「……今日から」

 少し照れたように。

「私、もう“おばあちゃん”ね」

 涼香が、笑って泣いた。

 ジャックも、目を伏せた。


帰宅後、父への報告

――短い言葉に、全部が詰まっていた

 玄関の鍵を開ける音が、いつもより大きく響いた。

「ただいま」

 母の声。

「おかえり」

 リビングの奥から、父の落ち着いた返事。

 新聞を畳む音がする。

 いつもの光景。

 でも――

 今日は、違う。

 靴を脱ぎ、三人でリビングに入る。

 父はすぐに気づいた。

 母の目が赤い。

 涼香の表情が、どこか覚悟を帯びている。

 ジャックは、静かに立っていた。

「……どうだった?」

 父が、まっすぐ聞いた。

 無駄な前置きはない。

 涼香が、一歩前に出る。

「……お父さん」

 小さく息を吸う。

「妊娠、確定だった」

 父は、すぐには答えなかった。

 数秒。

 それから、深く頷く。

「……そうか」

 それだけ。

 だが――

 その声は、ほんの少しだけ震えていた。

「母体は?」

 次に出たのは、それ。

「問題ありません」

 ジャックが答える。

「初期ですが、状態は良好だと」

「そうか」

 もう一度、頷く。

 父は立ち上がり、ゆっくりと涼香の前に来た。

「……無理するな」

「それだけだ」

 それだけで、十分だった。

 涼香の目が、潤む。

「……うん」

 母が、横から言う。

「あなた」

「もう“おじいちゃん”よ」

 父は、一瞬だけ目を逸らした。

 咳払い。

「……早いな」

 だが、次の言葉は違った。

「部屋、どうする?」

「隣はすぐ行けるが」

「静かな場所も必要だ」

 もう、考えている。

 未来の話を。

「父さん」

 ジャックが、深く頭を下げる。

「よろしくお願いします」

 父は、ジャックを見た。

 じっと、測るように。

 それから、短く言った。

「……任せた」

 その一言は、

 信頼の承認だった。

 母が、台所に向かいながら言う。

「今日は、少しだけお祝いね」

「派手なのは、落ち着いてから」

 湯を沸かす音。

 カップを置く音。

 日常が、少しずつ戻ってくる。

 父は、新聞を畳み直した。

 しかし――

 もう、文字は追っていない。

 ふと、窓の外を見る。

(……俺が、祖父か)

 そう思いながら。

 その背中は、

 いつもより少しだけ、柔らかかった。

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