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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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125話 目覚めた後、彼女が最初に感じた違和感

――目を、開けた。

 白い天井。

 見慣れた部屋。

 それなのに。

「……?」

 何かが、おかしい。

 まず気づいたのは、音だった。

 遠くで走る車の音。

 壁の向こうの生活音。

 時計の秒針の、微かな刻み。

 ――全部、はっきり聞こえる。

 今まで、こんなに世界は賑やかだっただろうか。

「……うそ」

 喉に手を当てる。

 痛みが、ない。

 胸に、息苦しさがない。

 常に感じていた、奥の方の重さが消えている。

 それだけじゃない。

 体が、軽い。

 起き上がろうとした瞬間、

 反射的に体が動いた。

 めまいが来ると思っていた。

 立ちくらみも、動悸も。

 ――何も、起きない。

「……あれ?」

 床に足をつける。

 足裏が、しっかりと床を捉える感覚。

 “地面に立っている”という感覚を、初めてちゃんと意識した。

 次に来た違和感は、時間だった。

 今まで、朝はいつも重かった。

 起きるだけで、一日の体力を半分使っていた。

 なのに。

「……まだ、動ける」

 体の内側に、

 使われていない余白がある。

 それが、逆に怖い。

「……これ、夢?」

 頬を抓る。

 ちゃんと痛い。

 でも、その痛みすら、

 どこか心地いい。

 ふと、鏡を見る。

 そこに映る自分に、息をのむ。

 顔色が、違う。

 目の奥が、濁っていない。

 何より――

「……私、こんな顔してたっけ」

 **“生きてる顔”**をしている。

 最後の違和感は、心だった。

 怖くない。

 不安が消えたわけじゃない。

 未来が分かったわけでもない。

 それでも。

 終わりを待っていた感覚が、ない。

 代わりにあるのは、

「……何、しよう」

 という、

 信じられないほど自然な思考。

 その瞬間、彼女は確信する。

 これは奇跡じゃない。

 世界に戻されたんじゃない。

 世界が、こちらに近づいてきたんだ。

 そして、胸の奥で静かに灯る。

 ――もう一度、生きる時間。


外に出ようと思った。

 ただ、それだけのこと。

 玄関で靴を履き、ドアノブに手をかける。

 昨日まで、何度も通っていたはずの動作。

 なのに。

「……あ」

 手が、止まった。

 胸の奥が、きゅっと縮む。

 理由が分からない。

 息は苦しくない。

 動悸もない。

 体は、ちゃんと動く。

 それなのに――

「……怖い」

 声に出して、初めて気づいた。

 ドアの向こうは、

 回復する前と同じ世界だ。

 同じ道。

 同じ人。

 同じ仕事。

 でも、自分だけが違ってしまった。

「……行ける、よね」

 そう言い聞かせる。

 けれど、足が前に出ない。

 ふと、思い出す。

 体調が悪いことを理由に、

 断ってきた誘い。

 休んできた仕事。

 「無理しなくていいよ」と言われ続けた日々。

 あれは、逃げじゃなかった。

 生きるために必要だった。

 でも、今は。

 その“守ってくれていた理由”が、消えている。

「……私、どうやって生きてたんだっけ」

 鍵を閉める音が、やけに大きく響いた。

 一歩、外に出る。

 冬の空気が、肌を刺す。

 ――冷たい。

 でも、それが、ちゃんと分かる。

 それが、少しだけ嬉しい。

 それと同時に、涙が滲んだ。

 駅までの道。

 歩ける。

 息も乱れない。

 それなのに、頭の中は追いつかない。

「……頑張らなきゃ、って」

 誰に言うでもなく、呟く。

 その言葉に、心がきしむ。

 “頑張らなくていい理由”を、失ったから。

 改札の前で、立ち止まる。

 人の流れ。

 雑踏。

 急かされる空気。

 胸が、また縮む。

 体は健康でも、

 心はまだ、昨日のままだ。

「……無理、しなくていい」

 誰かに言ってほしかった言葉を、

 自分で自分に向けて言う。

 深呼吸、ひとつ。

 ――今日は、ここまで。

 そう決めて、踵を返した

主治医のもとでの診断

――「もう長くない」と言われていたはずなのに

 診察室のドアを開けると、

 懐かしい消毒液の匂いがした。

 この部屋には、

 「覚悟」を何度も置いてきた。

 モニター。

 ベッド。

 机の向こうに座る、主治医。

 彼は彼女の顔を見た瞬間、

 ほんの一瞬――言葉を失った。

「……お久しぶりですね」

 声は平静を装っている。

 だが、目が明らかに戸惑っていた。

「体調は……どうですか?」

「……元気、です」

 その言葉を、

 彼女自身が一番信じられなかった。

 検査は淡々と進んだ。

 血液。

 心電図。

 画像。

 結果が揃うまでの沈黙が、やけに長い。

 主治医は、

 モニターを何度も切り替え、

 数値を確認し、

 カルテを見返した。

 そして、深く息を吸う。

「……正直に言いますね」

 彼は、そう前置きした。

 それは、かつて“宣告”をするときの声だった。

「以前、あなたには

 “時間は、そう長くない”とお伝えしました」

 彼女は、黙って頷く。

 それを否定する資格は、ない。

「ですが……」

 言葉が、続かない。

 医師が迷う姿を見るのは、初めてだった。

「――今の数値は、

 健常者の範囲です」

 静かな声。

 だが、その一言は、

 部屋の空気を変えた。

「臓器機能、血液指標、免疫反応……

 どれも、説明がつかないほど改善しています」

 彼女は、思わず聞いた。

「……間違い、じゃないんですか?」

「それを疑うために、

 すでに三回確認しました」

 主治医は、苦笑に近い表情を浮かべた。

「医学的には……

 “回復”という言葉では足りません」

 沈黙。

 その中で、主治医が静かに言った。

「……奇跡、という言葉を

 医師は使ってはいけないんですが」

 一拍置いて。

「今回は、

 そう言うしかない状態です」

 彼女の胸に、

 喜びよりも先に、

 別の感情が湧いた。

「……じゃあ、私」

 声が震える。

「今までの覚悟って、何だったんでしょう」

 主治医は、すぐには答えなかった。

 そして、ゆっくりと言った。

「それは、無駄じゃありません」

「“死ぬ覚悟をした人”にしか、

 見えない景色があります」

「ただ……」

 彼は、真剣な目で続けた。

「これからは、

 “生きる覚悟”の方が、ずっと難しいですよ」

 診察室を出たあと、

 彼女は廊下の椅子に座り込んだ。

 足が、少し震えている。

 もう長くないと、言われていた。

 だから、諦めていた。

 片付けてきた。

 心を閉じてきた。

 それなのに――

「……戻っちゃったんだ、私」

 命が。

 時間が。

 未来が。

後書きという名のお願い

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