124話 配信中――違和感
いつもの雑談配信。
コメント欄には、見慣れた名前が流れていく。
――その中に、
**「イツメン」**の名前があった。
長く見てくれている常連。
冗談も言うし、空気も読む。
声も明るい――はずだった。
だが。
ふと、無意識に。
ジャックは“鑑定”を走らせてしまった。
画面越し、名前の奥。
瞬間、背筋が冷える。
鑑定結果(ジャック視点)
生命の炎:極度に減衰
循環:破綻寸前
未来分岐:高確率で“不可逆”
――近い。
それも、そう遠くない。
配信を続けながら、
ジャックは何度も意識を戻す。
悟られてはいけない。
今は、まだ。
配信終了後――DM
配信が終わった直後。
ジャックは、迷わずDMを送った。
体調、あまり良くなさそうだね
驚かせるかもしれないけど
悪いけど、鑑定させてもらった
少し間を空けて、続ける。
このままいくと
そう遠くない未来に
最悪のことが起きる可能性がある
既読は、すぐについた。
だが、返信はない。
それでも、送る。
信じられないと思う
でも、俺には解決策がある
指が止まる。
ここから先は、完全に“闇”だ。
俺のことを信用するかどうかは任せる
ただ――
試してみる価値は、ないかな?
数分後。
……どういう意味ですか?
短い。
警戒と、戸惑い。
ジャックは、正直に書く。
鑑定で
名前も、今いる場所も、分かってる
正式なやり方じゃない
いわば、闇の治療だ
それでも
助けたいと思ってしまった
少し間があって。
会ってから、判断したいです
その一文が、すべてだった。
決断
ジャックは、画面を閉じる。
息を吐く。
「……だよな」
勝手に救うことはできない。
でも、手を伸ばさない理由にもならない。
涼香の顔が浮かぶ。
約束が頭をよぎる。
――命に関わる時は、使う。
今回は、その時だ。
ジャックは、立ち上がった。
「行こう」
名前も、住所も、分かっている。
それでも――
選ぶのは、彼女自身だ。
ジャックは、
その女性の住む場所へ向かうことを決めた
指定された駅で降りたとき、
ジャックは一瞬だけ立ち止まった。
鑑定は完璧だ。
身体の状態、寿命の残り、最悪の分岐――
すべて、把握している。
だが。
人の“覚悟”だけは、
数値にも、文字にも、ならない。
約束の場所にいたのは、
思っていたよりも、ずっと普通の女性だった。
年齢は三十代前半だろうか。
コートの袖から覗く手首は細く、
少しだけ、震えている。
「……ジャック、さん?」
声は、はっきりしていた。
「はい」
それだけで、彼女は小さく息を吐いた。
「……来てくれたんですね」
その言葉に、
“逃げなかった”という事実がにじんでいた。
カフェに入る。
温かい飲み物を頼む。
沈黙のあと、彼女が先に口を開いた。
「……私、もう長くないんですよね?」
確認ではない。
覚悟の表明だった。
ジャックは、正直に頷いた。
「このままなら、そうなる可能性が高い」
「ですよね」
彼女は、驚かない。
「病院では“様子を見ましょう”って言われてて。
でも……分かるんです」
胸に手を当てる。
「朝起きるたびに、
今日が最後でもおかしくない、って」
鑑定にはない情報。
本人だけが知っている感覚。
「怖くないんですか?」
ジャックが、そう聞くと。
彼女は、少しだけ笑った。
「怖いですよ。
でも……」
一拍、間を置く。
「何もしないで終わる方が、
もっと怖い」
その言葉に、
ジャックの中で何かが静かに噛み合った。
――ああ。
この人は、
“救われたい”だけじゃない。
“選びたい”んだ。
「信じられない話でもいい」
彼女は、まっすぐにジャックを見る。
「私、ちゃんと聞きます。
それで……決めます」
逃げ道を残した覚悟。
誰かに縋る覚悟じゃない。
自分で、生きる覚悟。
鑑定では測れないもの。
ジャックは、深く息を吸った。
「……分かった」
ここから先は、
力の問題じゃない。
信頼の問題だ。
その瞬間、
ジャックは確信した。
この人は――
助かる資格がある、じゃない。
助かる“覚悟”を持っている。
彼女がエリクサーを飲む決意をする
テーブルの上に、
小さな瓶が置かれた。
無色透明。
匂いも、光も、特別な主張はない。
――エリクサー。
世界を越えた奇跡。
だが、今はただの一本の瓶だ。
「……これを飲めば」
彼女が、瓶を見つめたまま言う。
「本当に、治るんですか?」
ジャックは、誤魔化さなかった。
「治る可能性は、限りなく高い。
でも――」
言葉を切る。
「“元の人生”に戻る保証はない」
彼女は、ゆっくり顔を上げた。
「どういう、意味ですか?」
「死を覚悟した人間は、
同じ場所には戻れないことがある」
力がある者としての、最低限の誠実さ。
「考え方も、生き方も、
周りとの距離感も変わる」
沈黙。
彼女は、瓶に手を伸ばさない。
逃げないが、軽くも扱わない。
「……それでも」
彼女は、深く息を吸った。
「私は、生きたいです」
声は震えた。
だが、視線は揺れなかった。
「怖いけど、
このまま終わるより――」
小さく笑う。
「ちゃんと、選んで生きたって言える方がいい」
ジャックは、何も言わずに頷いた。
十分だ。
彼女は、瓶を手に取る。
指先が、わずかに震える。
蓋を開ける音が、
やけに大きく響いた。
「……もし、これがダメでも」
彼女は、ジャックを見る。
「ここまで来れたこと、
後悔しません」
その一言で、
ジャックの迷いは完全に消えた。
「飲んだ後、少し眠くなる」
「目が覚めたとき、
全部、終わってる」
――生と死の境目を、越える言葉。
彼女は、一気に飲み干した。
躊躇は、なかった。
瓶を置くと、
静かに目を閉じる。
「……ありがとう」
その声は、
助けてくれて、ではなかった。
選ばせてくれて、だった。
後書きという名のお願い
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