122話 涼香が「また何かしたでしょ?」と気づく日常
東京のマンション。
夕方、湾岸の空がオレンジ色に染まり始めるころ。
キッチンでは涼香が夕飯の準備をしていた。
ジャックはダイニングテーブルで、いつものようにタブレットを眺めている。
「……ねえ、ジャック」
「ん?」
「今日、会社どうだった?」
「普通だよ」
即答。
早すぎる。
涼香は包丁を置いて、ちらっとこちらを見る。
「“普通”って言う時、だいたい普通じゃないよね?」
「そうかな」
「そう」
涼香はフライパンを火にかけながら、さりげなく続ける。
「さっき、お義父さん……じゃなくて、お父さんから連絡あったんだけど」
「うん」
「ニュースで、あなたの会社の名前出てたって」
ジャックの指が、一瞬だけ止まった。
「事業拡大の話らしいよ。
“やけに堅実な方向性だな”って言ってた」
「へえ」
声は平静。
だが、沈黙が一拍長い。
涼香は微笑んだ。
「……また何かしたでしょ?」
「してないよ」
「嘘」
即断。
生活魔法師の勘は、こういうところで無駄に鋭い。
生活魔法師の観察眼
「ね」
涼香は鍋をかき混ぜながら言う。
「何かあった日はね、
あなた――声のトーンがほんの少し下がる」
「そう?」
「あと、視線が斜め下」
ジャックは苦笑した。
「細かいな」
「生活魔法師ですから」
冗談めかしつつ、涼香は振り返る。
「別に責めてないよ?」
「……うん」
「ただね」
涼香は、少しだけ真剣な目になる。
「あなたが“何かしてきた日”って、
だいたい誰かの未来が楽になる日でしょ」
ジャックは言葉を失った。
静かな告白
「取締役会で、少し意見を言っただけだよ」
「ほら」
「株も、優先分だけ」
「ほらほら」
涼香は笑いながら、料理を皿に盛る。
「でも、それでしょ?」
「……まあ」
「やっぱり」
食卓に並ぶ湯気の向こうで、涼香は少しだけ照れたように言った。
「私ね、そういうとこ好き」
「え?」
「派手じゃないけど、
“ちゃんと先を見てるとこ”」
ジャックは視線を逸らす。
「目立つのは苦手で」
「知ってる」
涼香は箸を持ちながら、さらっと言った。
「でもね。
目立たないのに、影響だけは大きい人って――一番ずるい」
夜、二人きりで
食後。
ソファで並んでくつろぐ時間。
涼香は、ふと思い出したように言う。
「ねえ」
「ん?」
「生活魔法師のスキルってさ、
“周囲を快適にする”だけじゃないんだよ」
「どういう意味?」
「一緒にいる人の“変化”に気づく力も含まれてる気がする」
ジャックは、静かに笑った。
「それ、便利すぎない?」
「うん」
涼香は肩を寄せる。
「だから――隠し事は、ほどほどにね?」
「努力する」
「約束」
窓の外、夜景が静かに瞬いていた。
異世界の加護も、会社の株も関係ない。
この日常で、一番見抜けない相手は、もういない。
後書きという名のお願い
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