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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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116話 涼香の両親への提案

披露宴の話が一段落し、空気が少し和らいだところで――

 ジャックが、静かに姿勢を正した。

「披露宴が終わったら、の話なんですが」

 その一言で、父の視線が戻ってくる。

「今、ちょうどいい物件が出まして」 「湾岸沿いのタワーマンションです」

 母が小さく目を見開く。

「タワー……マンション?」

「はい」 「新築で、しかも――」

 ジャックは一瞬、涼香を見る。

 涼香は、理由を知っている顔で、にこにこと微笑んでいた。

「二軒、隣り合わせで空いていました」

 その瞬間、父の表情が変わった。

「……隣り合わせ?」

 声のトーンが、わずかに下がる。

 ジャックは続ける。

「これから、涼香との間に子供ができると思います」 「環境が変わることも、不安も増えるでしょう」

 涼香が、少しだけ頷く。

「急にご両親との距離が離れると」 「涼香も、きっと寂しくなると思いまして」

 母が、思わず涼香を見る。

「……そうなの?」

 涼香は、少し照れながらも、正直に言った。

「うん」 「近くにいてもらえたら、心強いなって」

 ジャックは、そこで一度、深く頭を下げた。

「ですので」 「勝手ながら――購入しました」

 一瞬、沈黙。

 母は言葉を失い、

 父は、完全に無言。

 涼香だけが、変わらず穏やかに微笑んでいる。

「ここです」

 ジャックは、鞄から資料を取り出した。

 テーブルの上に広げられたのは、場所の地図と間取り図。

 ――その瞬間。

 父が、身を乗り出した。

「……ほう」

 声が、完全に仕事モード。

 地図をじっと見る。

「湾岸のこの位置……」 「駅から徒歩何分だ?」

「七分です」

「風向きは?」 「海風は直接当たるか?」

「南東向きですが、防風設計です」

 父の視線が、次に間取りへ移る。

「……リビング、広いな」 「柱は外に出てるか?」

「アウトフレーム構造です」

「収納は?」

「各部屋に加えて、ウォークインと納戸があります」

 母が、ぽつりと呟く。

「……あの人、完全に本気だわ」

 涼香は、小さく笑った。

 父は、間取り図から目を離さず、低く言う。

「……で」 「こっちが、俺たち用か?」

「はい」 「こちらが、隣の部屋です」

 図面の上で、父の指が二つの部屋を行き来する。

「壁一枚、か」

 数秒、考え込む。

「……悪くない」

 その一言に、母が目を丸くした。

「お父さん?」

「いや」 「動線がいい」 「何かあっても、すぐ行ける」

 父は、ゆっくり顔を上げて、ジャックを見る。

「……本気だな」

「はい」

 即答。

「涼香を、守る気だ」

「はい」

 父は、ふっと息を吐いた。

「参ったな……」 「間取り図を見せられて反対できる親がいるか」

 母は、苦笑しながら目を潤ませる。

「……近くで孫の顔が見られるのね」

 涼香が、少し嬉しそうに言った。

「一緒にご飯、食べようよ」 「隣なんだし」

 父は、しばらく黙ってから、ぽつりと。

「……引っ越しの時は」 「俺が手伝う」

 それが、

 事実上の了承だった。

 ジャックは、もう一度、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

 涼香は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。


間取り図を見つめたまま、父はしばらく黙っていた。

 ――が、その沈黙は、納得した人間の沈黙ではなかった。

「……で」

 父は、指で図面の端を軽く叩く。

「管理会社はどこだ?」

「大手です」 「二十四時間有人管理で、警備も常駐しています」

「管理費と修繕積立金は?」

「合わせて月に――」

 金額を告げると、父は即座に計算を始めた。

「ふむ……」 「高すぎない」 「むしろこの規模なら妥当だな」

 母が、少し呆れたように言う。

「あなた、もう反対じゃないでしょ?」

「反対はしてない」 「確認してるだけだ」

 そう言いながら、次の資料を引き寄せる。

「築年数ゼロか」 「将来の資産価値は――」

 父の視線が、地図に戻る。

「湾岸は上下が激しいが」 「このエリアは再開発が続いてる」

 ジャックは、黙って聞いていた。

 父は“逃げ道”を探しているのではない。

 納得するための材料を自分で集めているだけだ。

「駅距離、眺望、階数……」 「売るにしても貸すにしても困らない」

 涼香が、少し申し訳なさそうに言う。

「お父さん、もう十分じゃ……」

「いや、まだだ」

 即答。

「災害対策は?」

「免震構造です」 「非常用電源は七十二時間」

「給水は?」

「各階に備蓄があります」

 父は、深く頷いた。

「……合格だ」

 母が思わず吹き出す。

「何の試験なのよ」

「親の試験だ」

 父は、ようやく背もたれに体を預けた。

「正直に言う」

 ジャックを見る。

「場所も、間取りも、管理も」 「文句の付けようがない」

 一拍置いて。

「……高い買い物だとは思う」 「だが」

 視線が、涼香に移る。

「娘を守るための環境としては」 「かなり上出来だ」

 涼香の胸が、きゅっとなる。

「それに」

 父は、少しだけ笑った。

「隣同士ってのが、いい」 「干渉しすぎず、離れすぎない」

 母が、柔らかく頷く。

「何かあったら、すぐ行けるものね」

「そうだ」

 父は、最後にジャックを見る。

「……覚悟はあるな?」

「はい」

「途中で手放す覚悟じゃない」 「守り続ける覚悟だ」

「あります」

 迷いのない返事。

 父は、ふっと息を吐いた。

「なら、いい」

 そう言って、資料を丁寧に揃える。

「ただし」

 人差し指を立てる。

「管理組合の総会は、俺も出る」 「無駄な決議は通させない」

 母が即ツッコミを入れた。

「あなた、もう住む気満々じゃない」

 父は、少し照れたように視線を逸らす。

「……孫ができたら」 「散歩コースは確認しておかないとな」

 涼香が、思わず笑った。

 ジャックは、心の中で思う。

(――この人に認められたなら、大丈夫だ)

 こうして、

 物件は、家族のものになった。

後書きという名のお願い

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