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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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115話 披露宴の話を出した瞬間、母が泣きそうに

実家のリビングは、変わっていなかった。

 少し年季の入ったソファ。

 季節外れのクッション。

 テーブルの上には、いつもの急須。

 それだけで、涼香の肩は少しだけ軽くなる。

「まあまあ、とりあえず座りなさい」  母がそう言って、お茶を出す。

 父は、まだ様子見。  ジャックを一度だけ見て、何も言わずに腰を下ろした。

 入籍は、もう伝えてある。  だから、今日の空気は“確認”に近いはずだった。

 ――それなのに。

 涼香は、なぜか胸の奥がざわついていた。

「今日はね」  湯のみを持ったまま、涼香は言った。 「住まいの話と……それから」

 一瞬、間が空く。

「……こちらで、披露宴をしようと思って」

 その瞬間だった。

 母の手が、ぴたりと止まった。

「……披露宴?」

 声が、少しだけ震える。

「うん」 「ちゃんとした形で」 「お父さんとお母さんにも、見てほしくて」

 母は、しばらく何も言わなかった。

 ただ、視線が宙をさまよって、  それから――そっと、目元に手をやった。

「ああ……そう……」

 笑おうとして、失敗した顔。

「そうよね」 「入籍だけじゃ、ね……」

 涼香は、その反応を見て、はっとする。

 母は、文句を言わなかった。  催促もしなかった。  「やりなさい」とも、一度も言わなかった。

 ――でも。

「だって」  母は、小さく息を吸って言った。 「涼香の、花嫁姿……」

 そこで、言葉が詰まった。

 声を整えようとして、  でも、できなくて。

「……一度くらいは、ちゃんと見たかったの」

 涼香の胸が、ぎゅっと締めつけられる。

「急がせたくなかったし」 「あなたの人生だから……」

 母は、必死に笑っていた。  泣かないように、耐える顔だった。

 ジャックが、そこで静かに口を開く。

「お義母さん」 「披露宴は、僕の希望でもあります」

 母は、少し驚いた顔で彼を見る。

「涼香が、どんなふうに育ってきたか」 「それを、ちゃんと知っている人たちに」 「祝ってもらいたいと思いました」

 言葉は多くない。  でも、逃げない視線だった。

 母の目に、涙が溜まる。

「……ありがとう」

 その一言が、精一杯だった。

 涼香は、気づいてしまった。

 この人は――

 娘の人生に、口を出さなかったんじゃない。

 我慢していたのだ。

 娘の選択を信じるために。

 邪魔をしないために。

「お母さん」  涼香は、声を震わせながら言った。 「ちゃんと、見て」

「ドレスも」 「笑ってるところも」

 母は、とうとう耐えきれず、目元を押さえた。

「……そんなこと言われたら」 「泣くに決まってるじゃない」

 父が、わざと咳払いをする。

「……まぁ」 「良かったじゃないか」

 ぶっきらぼうな声。  でも、どこか優しかった。

 リビングに、静かな時間が流れる。

 涼香は思った。

(披露宴って、私たちのためだけじゃない) (“待ってくれていた人”のための時間なんだ)


母が落ち着くまで、少し時間がかかった。

 湯のみを両手で包み、  深呼吸をひとつ。

「……それで」  ようやく、母が顔を上げる。 「どんな披露宴を考えているの?」

 涼香は、少しだけ背筋を伸ばした。

「大きくはしないつもり」 「友達と、家族と……本当に近い人だけ」

 母は、ほっとしたように頷く。

「そうよね」 「あなた、人前が得意な子じゃないもの」

 父が、そこで口を挟む。

「場所は?」

 短い。  だが核心。

 涼香は一瞬ジャックを見る。  ジャックは、軽く頷いた。

「東京です」  彼が答えた。 「湾岸エリアで、式も披露宴もできる会場を考えています」

「湾岸?」  父の眉が、ぴくりと動く。

「はい」 「これから住む場所に近くて」 「ご両親にも移動の負担が少ないところがいいと思いました」

 母は、少し想像するように目を細める。

「海が見えるところかしら」

「ええ」 「天気が良ければ、東京湾が一望できます」

 母の顔が、少しずつ明るくなる。

「いいわね……」 「涼香、昔から海が好きだったものね」

 涼香は、照れたように笑う。

「人数は?」  今度は父。

「親族と、友人を合わせて」 「多くても三、四十人くらい」

 父は、無言で頷く。  頭の中で、席次や段取りを組み始めている顔だった。

「式は?」 「神前か、教会か」

 涼香が答える前に、ジャックが静かに言う。

「教会風のチャペルを考えています」 「宗教色は薄く、誓いの場として」

 母が、嬉しそうに息を吐いた。

「……白いドレス、ね」

 その一言で、部屋の空気がふっと柔らぐ。

 涼香は、少し照れながらも頷いた。

「うん」 「ちゃんと着るよ」

 母の目が、また潤む。

「当たり前じゃない」 「一生に一度なんだから」

 父が、咳払いをひとつ。

「……費用は?」

 現実が来た。

 涼香が口を開こうとした瞬間、  ジャックが先に答える。

「僕が全て負担します」

 間髪入れず。

 母が、慌てて首を振る。

「そ、そんな……」 「ご祝儀だって――」

「受け取ります」  ジャックは、穏やかに言った。 「でも、それ以上は必要ありません」

 視線が、父に向く。

「涼香を育ててくださったこと」 「それが、何よりの贈り物ですから」

 父は、少しだけ目を細めた。

 値踏みではない。  人を見る目だった。

「……分かった」

 短い一言。

 それだけで、場がまとまる。

 母は、嬉しそうに言った。

「じゃあ」 「私、ドレス選びについて行っていい?」

 涼香は、少し驚いてから、笑った。

「もちろん」

 母の表情が、少女のようになる。

「夢みたいね」 「ちゃんと、結婚式の話をしてるなんて」

 涼香は思った。

(この時間も) (披露宴の一部なのかもしれない)

 そう思えるほど、  静かで、あたたかい時間だった。

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