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後悔ばかりの男の逆転人生  作者: れんれん


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98話 ある夜、涼香がはっきり問いかける

その夜は、特別なことは何もなかった。

夕食を終えて、

食器を片付けて、

ソファに並んで座る。

テレビはついているけれど、

二人とも、ほとんど見ていない。

しばらく沈黙が続いたあと、

涼香が、ゆっくり口を開いた。

「ねえ、ジャック」

その声は、静かで、柔らかい。

「……最近、何か抱えてる?」

ジャックの肩が、ほんのわずかに揺れる。

「無理に答えなくてもいいよ」

すぐに、涼香はそう続けた。

「ただ、

私に言えないことなのかなって、思って」

責める気配は、まったくなかった。

疑いでもない。

ただ、心配。

ジャックはしばらく黙ったまま、

手元を見つめている。

(……来たか)

心のどこかで、

この瞬間が来ることを、わかっていた。

「……隠してる、って思った?」

かすれた声で、そう聞く。

涼香は、小さく頷いた。

「うん。

でもね、嘘をついてる感じじゃない」

「言わないでいるだけ、っていうか……」

少し間を置いて、

涼香はまっすぐに言う。

「それが、怖いの」

ジャックは、はっとする。

「あなたが一人で抱え込むのが」

その言葉が、胸に刺さる。

「私は、全部知りたいわけじゃない」

涼香は、そっと続けた。

「でも、

あなたが苦しんでるなら、

“一緒に”いたい」

ジャックは、唇を噛みしめる。

(……優しすぎる)

こんな言い方をされたら、

逃げ場はない。

でも同時に、

逃げなくてもいい、とも思えた。

「……すぐには、話せない」

正直な言葉が、口から出た。

「でも、

いつかは、ちゃんと話したい」

涼香は、少しだけ微笑む。

「うん。

それでいい」

そして、こう付け加えた。

「信じてるから」

その一言で、

ジャックの胸の奥が、じんと熱くなる。

涼香は、そっと彼の手を取る。

「言いたくなったときでいい。

私は、ここにいる」

何かを“聞き出す”夜ではなかった。

それでも、二人の距離は、確かに近づいた。

ジャックは、心の中で誓う。

(この人には、

必ず、話す)

それがいつになるかは、まだわからない。

でも、

逃げるためじゃなく、

守るために黙っている自分を、

初めて許せた夜だった。


少しだけの真実

――そして、背中を押す声

夜更け。

涼香が眠ったあとも、ジャックはなかなか眠れずにいた。

胸の奥が、ざわついている。

(……話すなら、今しかない)

すべては無理でも、

何も言わないままではいられなかった。

そっと、涼香を起こさないように声をかける。

「……涼香」

彼女はゆっくり目を開ける。

「どうしたの?」

その声は、眠気を含みながらも、やさしい。

ジャックは一度、深く息を吸ってから言った。

「全部は話せないんだけど……

少しだけ、聞いてほしい」

涼香は、何も言わずに頷いた。

ジャックは、言葉を選びながら続ける。

「俺、

普通に生きてきた人間じゃないんだ」

涼香の表情が、わずかに引き締まる。

でも、驚きや拒絶はない。

「過去に、

……説明しにくい経験をしてる」

「今の俺は、

その“続き”を生きてる感覚がある」

それは、嘘ではなかった。

だが、異世界も、転生も、魔法も言わない。

「だから時々、

自分だけ、世界から浮いてる気がして」

少し、笑ってしまう。

「君といる時間が、

あまりにも普通で、あたたかくて……」

声が、かすれる。

「それを壊すのが、怖かった」

涼香は、少しだけ間を置いてから、静かに言った。

「……それだけ?」

ジャックは一瞬、言葉に詰まる。

「“それだけ”って言ったら、

たぶん、違う」

「でも、

少なくとも、

あなたといる今の俺は、本物だよ」

涼香は、何も言わずにジャックを抱きしめた。

「それで、十分」

その言葉に、

胸の奥がほどけそうになる。

そのときだった。

――影が、部屋の隅で、わずかに揺れた。

ジャックには、はっきりわかる。

(……来たな)

声は、直接頭に響いた。

『まだ、逃げるか』

低く、重い。

フェンリルの声。

『人の世に足を置き、

人の女を抱き、

それでも真を伏せるか』

(……全部は言えない)

心の中で、ジャックは答える。

(でも、

嘘はついてない)

一瞬の沈黙のあと、

フェンリルは鼻を鳴らす。

『ならばよい』

そして、続けた。

『だが覚えておけ』

『この者は、

お前が思うほど脆くない』

『逃げ続ければ、

失うのは世界ではない』

『――お前自身だ』

その言葉は、

脅しではなく、警告だった。

影は、再び静かに溶ける。

ジャックは、胸の奥で、はっきりと理解する。

(……次は、全部だ)

涼香は、何も知らない。

それでも、彼の表情の変化に気づき、そっと聞く。

「……今の話、

無理してない?」

ジャックは、ゆっくり首を振った。

「ううん」

そして、初めて、はっきり言った。

「……話す時は、

全部、話す」

「そのときは、

信じてほしい」

涼香は、迷いなく答えた。

「うん」

その一言に、

もう逃げ場はなかった。

でも、

逃げる必要も、もうなかった。

後書きという名のお願い 面白い、こんな展開もありと思った方は 下の★マークをタップ 感想やご意見お待ちしてます

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