93話 「音が近づく距離」
配信を終え、部屋には静けさが戻った。
モニターの明かりが消え、生活音だけがゆっくりと戻ってくる。
涼香は自然な流れでソファーに腰を下ろした。
「ふぅ……」と小さく息を吐き、背もたれに身を預ける。
ジャックも少し遅れて隣に座る。
最初は、きちんと“間”を残した距離だった。
けれど――
話す言葉が減るにつれて、その距離は理由もなく縮まっていく。
肩が触れ、
呼吸が重なり、
互いの存在を、音で感じるようになる。
(……近い)
涼香はそう思ったが、離れようとはしなかった。
むしろ、心臓の音が聞こえてしまいそうなこの距離が、
不思議と落ち着く。
ジャックも同じだった。
涼香の体温、わずかな香り、静かな呼吸。
言葉にしなくても、今この瞬間が特別だとわかる。
ゆっくりと、
本当にそっと――
ジャックは涼香を腕の中に引き寄せた。
涼香は一瞬だけ目を見開き、
それから、抵抗することなく身を預ける。
視線が合う。
逃げ場のない距離。
時間が、ほんの一瞬だけ止まったように感じられた。
そして――
唇が、静かに重なる。
急がず、
確かめるように。
心臓の音だけが、やけに大きく響いていた。
離れたあと、二人は何も言わなかった。
言葉は必要なかった。
ただ、同じ速さで呼吸をし、
同じ温度を感じながら、
その余韻に身を委ねていた。
ジャックは小さく息を吐き、静かに思う。
(……ああ。
今世で、ちゃんと恋をしている)
涼香もまた、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
それが何なのか、もう――
自覚しないふりはできなかった。
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