第1話 白い世界と時空の選択
過疎枠――そう言えば聞こえは悪いが、事実だった。
壮年に差しかかった一人の男は、毎晩のようにライブ配信をしていた。視聴者は多くて十数人、少ない日は片手で足りる。コメント欄は静かで、独り言のように言葉を投げ続ける時間も珍しくなかった。
それでも、男は配信をやめなかった。
誰かに見られていたかったのか。 それとも、誰にも見られていなくても「話す場所」が欲しかったのか。
答えは、男自身にもわからないまま、日々だけが過ぎていった。
――そして、その日は唐突に訪れた。
配信を終え、いつものように画面を閉じた直後、胸の奥を強く掴まれるような感覚に襲われた。息ができず、床に崩れ落ちる。誰かを呼ぼうとしても、声は喉で途切れた。
最後に思ったのは、
「……結局、何一つ成し遂げられなかったな」
という、あまりにもありふれた後悔だった。
◆
次に意識を取り戻したとき、男は“白”の中にいた。
上下も奥行きもわからない、ただ限りなく白い世界。痛みも、重さも、身体の感覚すら曖昧だった。
「ここは……?」
声に出したつもりだったが、音が響いたのかどうかもわからない。
そのとき、白の向こう側から“存在感”が滲み出した。
姿はない。 だが、確かに“誰か”がいる。
『ここは、君の世界と次の世界の狭間だ』
直接頭に流れ込んでくる声。
「……神、ですか?」
『そう呼ばれることもある』
淡々とした応答だった。
男は、なぜか混乱しなかった。死んだのだ、と自然に理解していたからだ。
『本来ならば、君はこのまま循環へ戻る』 『だが、少しだけ例外が起きた』
白い世界が、わずかに揺らぐ。
『君には、新しい人生を与えよう』
「転生、ですか」
『そうだ。ただし条件がある』
神の“視線”のようなものが、男を貫いた。
『どのような能力でも、一つだけギフトとして授ける』
「……一つだけ」
男の脳裏に、過去の人生が走馬灯のように蘇る。
挑戦しなかったこと。 恐れて逃げたこと。 時間があったはずなのに、何もしなかった日々。
後悔ばかりの人生だった。
だからこそ――
「迷う必要はありません」
男は即答した。
「時空魔法を」
『ほう』
初めて、神の声に僅かな感情が混じった。
『過去に戻りたいのか? 未来を知りたいのか?』
「どちらも違います」
男は、白い虚空を見据えた。
「“やり直せる”可能性が欲しいだけです」
沈黙が落ちる。
やがて、神は静かに告げた。
『いいだろう。時空を司る力を授けよう』
『だが、万能ではない。制約も代償もある』
「構いません」
男は微笑んだ。
失うものなど、もう何もないのだから。
『最後に一つだけ言葉を贈ろう』
白い世界が、光に満ちていく。
『――後悔のない人生を生きろ』
その言葉を最後に、男の意識は深い闇へと沈んでいった。
◆
――そして。
世界は、赤く、温かく、騒がしかった。
肺に空気が流れ込み、反射的に泣き声を上げる。
「おぎゃあ……っ!」
誰かが歓声を上げる。
「元気な男の子ですよ!」
男は理解した。
これは、赤子の身体。 そして――
(記憶は、ある)
過疎枠の配信者だった人生。 後悔に塗れた日々。 白い世界と、神との約束。
すべてを抱えたまま、人生は最初から始まったのだ。
――これは、一人の男が“時空”を手にし、後悔を塗り替えていく物語。
逆転人生の、幕開けだった。




