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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第8話「夜を共にする声」

 乃亜が「また明日ねー」と手を振って玄関から出ていくと、家の中に急に静けさが戻った。さっきまでリビングに響いていた明るい声が消え、空気まで落ち着いたように思える。


 軽く後片付けを確認してからシャワーを浴びる。熱い湯に包まれると、ようやく一日の疲れがほどけていった。


 髪をタオルで拭きつつリビングの明かりを落とし、暗がりを抜けて自室へ。椅子に腰を下ろしたところで、ポケットのスマホが小さく震える。


 画面に浮かんだのは、オンラインの相方——Mistからの通知だった。


 Mist:そろそろできる?


 短い一文に、自然と口元がほころぶ。


 RAY:今から入るわ。


 そうチャットを返す。

 

 ——さて、今日もゲームで締めるとしよう。


 そう考えながら、パソコンの電源を入れた。


 * * *


 ボイスチャンネルを開くと、すでにMistが待機していた。俺も参加ボタンを押し、軽く声をかける。


『おつかれさま』


『おつー』


 ヘッドセット越しに響く、聞き慣れたMistの声。その声を聞くだけで、今から遊ぶというモチベーションが自然と湧いてくる。


『今日は何する?』


 Mistが問いかけてくる。


『んー、昼間バタバタしてたから、まったり系がいいな』


『お、気が合うな。今ちょうど箱庭クラフトやってたんだ』


『いいね』


『この前の開拓のつづき中ー』


『了解。ログインするわ』


 ゲームを起動し、読み込みが終わると、モニターにはのどかな草原と小さな村が映し出された。木を切り、石を集め、畑を耕す——戦闘とは無縁の、穏やかな箱庭の世界だ。素材を集めて組み合わせ、少しずつ生活圏を広げていくタイプのゲームである。


『よっ、と。ログインしたよ』


『おう。今、畑を広げてたところ』


『なんか必要な素材ある?』


『あー、木材が欲しいかも』


『了解。ちょっと取ってくる』


『サンキュー』


 そんなふうに短くやり取りして、自然に役割が分かれていった。


 この手のゲームは「自由度が高すぎて何をすればいいか分からない」と苦手にする人も多いらしいが、俺は逆にこういうジャンルも楽しめる。特にマルチプレイなら、こうして助け合えるのが心地いい。


『あ、こっちは鉄鉱石が余ってるけど、使う?』


 木を伐採する準備をしていると、Mistが声をかけてきた。


『助かる。ちょうど斧の耐久が切れそうだった』


『じゃあ予備のも作っとくね。ちょっと待ってろ』


『悪いな』


 俺は黙々と素材を集める単純作業が好きで、Mistは畑や建物を作る作業が得意。自然と分業が生まれて、いいコンビネーションになっていた。


 * * *

 

 各自で作業をこなすこの手のクラフト系ゲームは、どうしても黙々と無言になりがちだ。木を伐り、石を掘り、素材を積み重ねていく単調さの中に、それぞれのリズムがある。


 そんな空気を破るように、Mistがふいに声をかけてきた。


『そういえばさ、学校どうだった? 今日、新学期だったんだろ』


『ああ……まあ、色々あったな』


 斧を振り下ろしながら曖昧に返す。


『お? その含みのある言い方。さては何かあったな?』


『いや、別に大したことじゃないけどさ』


 と前置きをしてから口を開く。


『クラス替えがあったんだけど、隣の席が転校生だったんだ』


『へえ、高校で転校生って珍しいな』


『確かにな。で、その子が……めちゃくちゃ美人で』


『おいおい、隣の席に美人転校生? それ、完全にラブコメの主人公展開じゃん』


『主人公になれたら良かったんだけどな……』


『急に落ち込むのやめろ』


 すかさずMistが突っ込んでくる。その声に思わず苦笑した。


『でも会話はしたんだろ? どんな感じだった?』


『すごくいい子そうだったよ。結構すぐに打ち解けられた……と思う』


 そう答えると、Mistは吹き出すように笑った。


『なにその言い方。めっちゃ意識してる感あるんだけど』


『してないって』


 慌てて否定したが、声がわずかに裏返ったのは自分でもわかった。


『あー、でもな。実は裏話があって』


『お、何だよそれ』


『その子と、初対面じゃなかったんだ』


『え? どういうこと?』


『昨日、散歩してたら道に迷っててさ。ちょっと案内したんだよ。で、今日、教室で隣に座ってたから驚いた』


『……えっ』


 心なしか、Mistの声がわずかに揺れた。


『どうした?』


 一拍の沈黙のあと、軽く咳払いを挟んで返ってきた。


『い、いや、なんでもない。ただ……ほんとにラブコメみたいだなって思って』


『現実と創作を混同するのはやめろ』


『あ、ああ……そうだな』


 それきりMistは黙り込み、画面の向こうで作業に集中しているらしい。


 モニターには、俺のキャラが相変わらずせっせと木を伐り続ける姿が映っていた。


 数分後、再び声が返ってくる。


『……RAYって長野県出身って言ってたよな』


『ん? そうだけど。急にどうした』


『あー、ほら。雪のバイオーム見つけてさ。そっちはまだ寒いのかなって思って』


『ああ……、朝と夜は特に冷える。まだ冬の影が残ってる感じだ』


『そうか……』

 

 その後、また沈黙が訪れる。


 ヘッドホン越しに聞こえるのは、ゲームのBGMと、時折かすかに混じるMistの操作音だけだった。


 * * *


 ゲーム内の空はゆっくりと群青に染まり、やがて小さな星々が瞬き始めた。ふと横目で自室の時計を見ると、針は思っていた以上に進んでいて、思わず息をのむ。


 この手のゲームは夢中になっていると時間の流れが速い。けれど、ただの暇つぶしではなく、誰かと過ごすからこそ温かさがある。


 特別なイベントがあるわけでもないのに、相手の声があるだけで、一人きりの夜よりもずっと落ち着ける気がした。


 両親の帰りが遅いことが多いせいもあるのかもしれない。だが、それ以上に、この時間そのものが心地よく、俺は好きだった。


『今日はこのへんにしとく?』


 ゆったりとしたBGMに重なるMistの声が耳に届く。


『ああ……そうだな。また明日』


 少し前の会話から、どこかMistの様子が微妙に違う気もする。けれど、怒っているわけではなさそうだ。明日になれば、またいつもの調子に戻っているだろう。


『おう、おやすみ』


 そう返して通話を切ると、モニターにはタイトル画面が映し出された。淡い光に浮かぶロゴを眺めながら、深く息を吐く。


 ――そろそろ寝るか。


 椅子の背もたれに身を預けると、自然と独り言が漏れた。


「さて……明日の放課後は、どうしようかな」


 少しだけ日常から外れた予定が待っている。そう考えると、胸の奥がわずかに弾むのを感じるのだった。

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