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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第7話「第三の幼馴染、参上!」

 案内役を終えて家へ戻るころには、空はすっかり群青に沈んでいた。通学路を歩きながら、今日一日の出来事をぼんやり反芻する。


(初日にしては、中々濃い一日だったな)


 新しい出会いに、すぐの再会。案内係として慌ただしく動き回り、気づけば夕暮れも過ぎていた。


 そんなことを考えながら家の前に立ち、鍵を差し込んで扉を開ける。


「——お兄ちゃん、おかえり! 遅かったね」


 玄関の灯りの下に立っていたのは、エプロン姿の女の子だった。ぱっと顔を輝かせる。


「乃亜、来てたのか。ただいま」


 九条乃亜(くじょうのあ)。俺よりひとつ年下の女の子だ。


 小さいころからの癖で、ずっと俺を「お兄ちゃん」と呼ぶ。血の繋がりはない。


 ただ九条家と斉藤家はご近所付き合いが長く、親同士も気心の知れた仲だった。その縁で子どものころから自然に一緒に遊び、気づけば家に出入りするのが当たり前になっていた。


 今もそれは変わらない。幼馴染その三、というわけだ。もちろん陽菜や颯真とも顔見知りだが、最も関わりが深いのは俺だろう。


 九条家は裕福だが、両親が帰りが遅い日は多い。そんな夜は決まって、乃亜が訪ねてくる。それは今でも変わらなかった。


 乃亜の身長は、陽菜よりもさらに小柄で150cmもない。そしてそれに見合った童顔寄りの顔立ち。けれどきりっとした瞳には自信が宿り、暗めの紫の髪をツインテールに結んだ姿が印象的だ。猫っぽい性格で、いたずらな笑みが妙に似合う。


 好き嫌いがはっきりしていて、それは人間関係にもそのまま出る。気に入った相手には甘く、そうでない相手には遠慮なく厳しい。そのきっぱりした態度が逆に受けているのか、ファンクラブがあるとかないとか——風の噂で耳にしたこともある。まあ俺には関係のない話だが。


 エプロンを身に着けた姿は、そんな外向きの印象とは違って、どこか家庭的な空気を漂わせていた。


「今日、入学式だったんじゃないのか?」


 そう、乃亜は私立の女子高に入学したばかりだ。今日は一日バタバタしていたはずで、本来なら九条のおじさんやおばさんと一緒にいるものだと思っていたのだが。


「そうだよー! ピカピカの一年生。でもママとパパはお仕事だから、式が終わったら帰っちゃったの。ひどいよね。でも、お兄ちゃんと食べられるから乃亜的にはオッケーかも」


「そ、そうか」


 相変わらず距離が近い。妹のように育ってきたとはいえ、年頃になってからは、正直少し意識してしまう瞬間がある。


「うん。だから、夕飯一緒に作ろ♡」


 嬉しそうに笑う乃亜に、俺は小さくうなずいた。


「ああ」


 帰宅早々、少し気圧されながらも家へと上がった。


 * * *


 リビングに鞄を置き、部屋で制服から部屋着に着替える。


 再び台所へ戻ると、すでに乃亜が袖をきゅっとまくり、まな板の前で準備を始めていた。


「今日ね、肉じゃが作ろうと思ってるんだ。お兄ちゃんは野菜切ってくれる?」


 エプロン姿のまま振り返った乃亜が、包丁を手に笑顔を向けてくる。


「肉じゃがか。渋いチョイスだな」


「えへへ、たまには王道もいいかなって」


「いいね。下働き、頑張ります」


「よろしい!」


 軽口を交わしつつ、俺は隣に立ち、まな板の上に野菜を並べた。


 料理は嫌いじゃない。両親の帰りが遅いせいで、自分で簡単な料理を作るうちに自然と覚えたからだ。包丁の扱いにもある程度の自信はある。


 ただ、中学で料理部に入って毎日のように練習してきた乃亜には到底及ばない。


 彼女はリズムよく野菜の皮を剥き、調味料を小皿に分けて並べ、段取り良く進めていく。その姿はすっかり“主導役”だった。


「お兄ちゃん、玉ねぎは繊維に沿ってね。ジャガイモは大きいと煮崩れしないから、一口大でお願い」


「分かってるって」


 小さな先生に指示されているようで、思わず肩をすくめる。それでも言われた通りに包丁を動かすと、切り口がきれいにそろった。


 やがて大きな鍋を火にかけると、乃亜が背伸びをして具材を投入する。小柄な体では少しやりにくそうで、俺が横から手を添えた。


「ほら、貸せ」


「さっすがお兄ちゃん。頼りになる〜」


 乃亜は頬を緩め、なぜか少し誇らしげに笑った。


 調味料を入れてしばらくすると、鍋から甘辛い香りが立ち上り、部屋に広がっていく。


 味を確かめるため、乃亜がスプーンを差し入れた。


「よし……ちょっと味見。はい、お兄ちゃん、あーん」


「は? 自分で食えよ」


「いいから、あーん!」


 観念して口を開けると、熱を少し冷ました一口が運ばれてきた。じゃがいもの柔らかさと出汁の甘みが広がり、思わずうなずく。


「……うん。ちょうどいいな」


「でしょ? じゃ、次は私の番」


 乃亜は同じスプーンを自分の口へ持っていき、ぱくりと食べると満足そうに微笑んだ。


「はい、合格!」


「おい待て、それ間接キス……」


「え? 今さら恥ずかしいの?」


 小首をかしげ、気にする素振りすらない。天然なのか、わざとなのか。判別がつかず、俺は頭を抱えた。


 その横で、鍋の中の肉じゃがはさらにいい匂いを漂わせていた。


 * * *

 

 夕飯の肉じゃがと味噌汁を食卓に並べると、台所いっぱいに漂っていた甘辛い匂いがリビングへと広がっていった。湯気を立てる器を前に、俺と乃亜は向かい合って腰を下ろす。


「いただきまーす」


「いただきます」


 二人の声が重なり、箸が同時に動き出した。ホクホクのじゃがいもを頬張ると、出汁の旨みと野菜の甘みが口いっぱいに広がる。さすが乃亜、味の加減が安定している。


「どう? お兄ちゃん」


「うまい。文句なし」


「ふふ、でしょ?」


 乃亜は嬉しそうに目を細めて、茶碗を抱え直した。その横顔を見ながら俺は味噌汁をすすり、何気なく口を開く。


「入学初日、どうだった?」


「ちょっと緊張したけど、なんとか大丈夫だったよ」


「流石だな。まあ、新しい環境だし、慣れるまでは仕方ない」


「中学の時に仲良かった友達は別の高校行っちゃったからドキドキしてたけど、早速隣の子と色々話せたんだ」


「へえ。そういうのは大事にしとけよ。最初が肝心だからな」


「うん!」


 乃亜の性格なら、きっとすぐに馴染むだろう。猫かぶりが上手いのも昔からだ。


 ぱくぱくと勢いよく食べ進めていた乃亜は、ふと箸を止めてこちらを見た。


「なんか昼間は緊張してたせいか、こうしてお兄ちゃんと二人でご飯食べてると安心するな」


「まあ、昔から一緒にいる時間が長かったからな。非日常から日常に戻った感じなんだろ」


「うん。小学生のときなんか、学校から帰ってきて一緒に宿題して、そのあと遊んで、ご飯食べて……」


 乃亜は目を細め、わざとらしくにやりと笑った。


「そういえばさ——前はお風呂も一緒に入ってたのにねー」


「ぶっ……! おい、何を言い出すんだ」


 思わず味噌汁を噴きかけ、慌てて咳き込む。


 だが乃亜はケロリとした顔で首を傾げた。


「え? 本当のことじゃん。小さい頃は毎日のように一緒だったでしょ?」


「いつの話だよ……! そういうのは忘れろ」


「忘れないよー。だってお兄ちゃんのこと、一番知ってるのは私なんだから」


 さらりとした口調で言うものだから、余計に心臓に悪い。


「……お前なあ」


「なに? 嘘じゃないもん。お兄ちゃんは昔から、乃亜にとって一番なんだから」


 悪びれる様子もなく笑うその声に、どこか妙な独占欲がにじんでいた。

 

 肉じゃがを頬張る乃亜の無邪気な仕草を前に、俺は一瞬だけ箸を止めたものの、気づかれぬよう再び口へと運んだ。


 * * *


 食器を片付け終え、布巾でテーブルを軽く拭く。

 

 リビングへ戻ると、乃亜はすでにソファにごろんと寝転び、リモコンを手にテレビをつけていた。明るいバラエティ番組の笑い声に、乃亜の無邪気な笑い声が重なる。


「お兄ちゃん、片付けありがとね」


「美味しい料理への恩返しだ。気にするな」


「えへへ、そういうとこ好き」


 笑みを浮かべながら無邪気に言うと、乃亜はソファに転がったまま何気ない口ぶりでつけ足した。


「——あ、そうだ。明日も来るね。パパとママ、しばらく忙しいみたいで」


 予定を確かめるでもなく、当然のように。


「……ああ、了解」


 思わず肩をすくめて返す。


 乃亜は俺の返事に満足したのか、にっこり笑って再びテレビへ視線を戻した。


 その時、ポケットでスマホが震える。画面を見ると「夢中探し部」の通知が点っていた。


「あ、明日も今日と同じくらいの時間になるかも」


「はーい。お勉強? それとも友達?」


 乃亜は俺が帰宅部なのを知っている。だから少し探るように訊いてくる。


「ああ、ちょっと転校生が来てな。まだ街を歩いたことがないっていうから、陽菜と一緒に案内しようかと思って」


 その瞬間、乃亜の目がわずかに鋭くなった。


「……転校生って女の子?」


「あ、ああ。女子だな」


 なぜか気おされて、口調が詰まる。乃亜はじっと俺を見つめた後、ニヤリと笑って言った。


「お兄ちゃんは浮気者だから仕方ないなあ。乃亜は健気にお家で待ってるね」


「お前は俺の嫁か」


 思わず突っ込む。


「ふふ、いつでもプロポーズ待ってるよ」


 乃亜の冗談を受け流しながらも、その言葉が妙に耳に残る。


 ——やっぱり、この幼馴染は油断ならない。

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