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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第5話「メロンパン×牛乳」

 今日は初日という事もあって、授業は少なめだった。終礼のチャイムが鳴り、ホームルームでの連絡がひと通り終わると同時に教室内が騒がしくなる。


 後ろの扉が開くたび、廊下のざわめきが波のように出入りした。黒板前には小さな輪がいくつもでき、あちこちで新学期の話題が飛び交っている。


 その流れに押されるように、陽菜と颯真が俺の席へ寄ってきた。


「はーい、集合〜。まずは生存報告! 二年初日の感想〜!」


「生存報告ってなんだよ」


 思わず突っ込むと、颯真が肩をすくめる。


「俺は可もなく不可もなく、だな」


「私は初めての環境で不安でしたが、皆さんのおかげで無事に乗り切れました」


 朝霧さんは真面目に報告して、控えめに微笑んだ。


「おー澄玲ちゃんえらい! これからもどんどん頼っていいからね」


 陽菜が胸を張る。


「で、お前らはこのあと校内回るんだっけ?」


 颯真が確認してくる。


「ああ。朝霧さんへの“道案内”。颯真は部活か?」


「まあな。サッカー部は初日からかっ飛ばすってさ。気が重い」


 そう言いながら、颯真は腕時計をちらり。それからスマホを取り出し、通知をひと目見て口元を緩めた。


「どうした?」


「美羽から。『早く来い』って」


 苦笑しつつも嬉しさのにじむ声だ。


「相変わらずお熱いねー」


 陽菜が茶化す。


「さっさと行ってやれよ。——ああ、朝霧さん、颯真の彼女はサッカー部のマネージャーなんだ」


「マネージャーさんと恋人……ロマンチックですね」


 朝霧さんが感心したように頷く。


「じゃ、俺は行く。……あとでグラウンド寄れよ」


「了解。ケガすんな」


「おつかれー、颯ちゃん。またあとで!」


「お疲れさまです、神谷君」


 俺たちの声に片手を上げ、颯真は教室を出ていった。


「じゃ、ミッション再確認。朝の続きで、朝霧さん向けの校内案内。俺が先導するから、気になるところがあればその場で聞いて」


「はい、よろしくお願いします」


 朝霧さんは素直に頭を下げる。


「すみません、わざわざ時間を使わせてしまって」


「いーのいーの。悠斗は帰宅部でどうせ暇だし! 私は澄玲ちゃんともっと話したいし」


「否定できないのがつらいな……」


「佐原君、帰宅部なんですね。少し意外でした。体つきが引き締まっているので、何かスポーツをしているのかと」


 朝霧さんが首を傾げる。


「あー、中学のときはしてた。高校では帰宅部。でも筋トレは続けてるから、そのせいかも」


「悠斗、筋トレオタクだもん。腹筋、割れてるし~」


 陽菜が悪びれず、ぺたぺたと俺の腹を触る。


「勝手に触るな」


「悠斗だって昼、私の腕触ってきたじゃん! ほら澄玲ちゃんも触ってみ? カチカチだよ、カチカチ」


「ええっ、そんな……」


 朝霧さんが困ったように俺を見る。目は少しだけ好奇心を帯びていた。


「無理にとは言わないけど。——嫌じゃなければ、別に」


「そ、それじゃあ失礼して……」


 指先がそっと触れる。「すごい……本当に固いんですね」と、小声で感嘆がこぼれた。


 一瞬、変な空気になった気もしたけど――まあ、悪い気はしなかった。


「——よし、仕切り直し。三人で出発。まずは購買から。ついてきてくださーい」


「「はーい」」


 声が重なり、俺が先に歩き出す。朝霧さんと陽菜が並んで続いた。廊下へ出ると、斜めの夕陽が床に長い帯をつくっていた。


 * * *


 階段を降り、購買の手前で一度だけ足を止めた。ガラス越しの棚は、昼のピークほどではないがまだ賑やかだ。会計列も短く、入れ替わりで数人が出入りしている。


「放課後は昼より空いてる。人気のパンはだいたい昼で消えるけど、夕方はおにぎりがちょこちょこ補充されることが多い」


 軽く説明して、俺はドアを手で押さえた。二人を先に通す。


「助かります」


 朝霧さんが小さく会釈。陽菜は「ありがとー」と言いながら、もう棚へ一直線だ。


「昼は大混雑だし、もし来るなら頼ってくれていいよ。陽菜なんか小さいから弾き飛ばされてたよ」


「そうそう。人気のパン狙うなら、悠斗か颯ちゃんに頼むのが正解!」


「そんなに……えっと、何が人気なんですか?」


「サンドイッチ系は基本強い」


「あとお惣菜パン! コロッケパンと焼きそばパンは二大巨頭!」


「なるほど」


 朝霧さんがふむ、と頷く。


「私の推しはメロンパン! そして牛乳。メロンパン×牛乳=正義」


 宣言しつつ、陽菜はカゴにその二つを放り込む。


「それ毎回言ってるよな。てか今から食うのか?」


「この世に数少ない絶対的正義なんだもん。仕方ない」


「なんだか壮大ですね」


 朝霧さんが苦笑する。見ていたら、俺も腹が減ってきた。おにぎりを一つ、カゴへ。隣では朝霧さんがお茶を一本選んでいた。


 会計を済ませて廊下へ。陽菜が袋を覗き込み、ぼそっと漏らす。


「……メロンパン、カロリー爆弾なんだよなあ」


「じゃあ別のにすればよかったのに」


「違うの。食べたい気持ちは正義、でも体重計は悪魔なの」


 妙に真顔なので、朝霧さんが目を瞬かせた。


「陽菜ちゃんは、十分スリムだと思いますけど……」


「え、ほんと? ありがとー! 澄玲ちゃんこそスタイルいいよね。脚、きれい……胸もあるし」


「えっ……そんな、普通です」


 慌てた声音が、かえって真面目さを浮かび上がらせる。


「気にしすぎると何も食べられなくなるぞ。動くときは動く、食べるときは食べる。で、良くないか。テニス少女」


「うん、そうする。……メロンパンは譲れないし」


「女の子の永遠の課題ですね」


 三人で笑って、購買を後にした。


 次は保健室。渡り廊下の先だ。


「こっち。保健室の先生は優しい。具合悪いだけじゃなくても、相談で寄る生徒も多い」


「なるほど」


 朝霧さんは自然と声量を落とす。開いているドア越しに中をのぞくと、白いカーテンが等間隔に連なり、奥の薬品棚が光を反射していた。机の上には体温計と問診票。保健室特有の匂いがする。


「保健室登校の子もいるから、必要なときにだけ来るのが良い。とりあえず今は場所だけ覚えておけばOK」


「了解しました」


「陽菜はよくお世話になってるもんな」


「ちょっと! “よく”は余計。たまに捻挫するだけ!」


「それを“よく”って言うんだよ」


 小声のやり取りに、張りつめた空気がふっとほどける。


「じゃ、チェックポイント更新。購買、保健室クリア。次は図書館ね」


 スマホを取り出し、メモの□に、ひとつチェックを入れる。ちらりと画面を見た朝霧さんが、満足そうに頷いた。


「佐原君、本当に頼りになりますね」


「あー、クセなんだ。効率で考えちゃうからそう見えるだけだよ」


「いやいや。悠斗は中々使える男だよ。たまーにだらしないけど」


「お前はどの立場だ」


 陽菜の得意げな顔に突っ込みを入れつつ、俺たちは次の目的地へ向かった。

 

 歩きながら陽菜はさっそくメロンパンをかじり、俺もおにぎりの包装を破ってひと口。甘い匂いと海苔の香りが混じって、なんとも購買帰りらしい空気になった。

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