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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第46話「キャンプ②」

 土曜日の午後、少しだけ雲の多い空の下。


 約束の時間より十分ほど早く、事前に聞いていた朝霧さんの家があるマンションの前に立っていた。


 学校の周りに多い古いアパートとは違って、エントランスのガラス扉が大きくて、オートロック付きの、それなりに新しそうな建物だ。


 インターホンのパネルを見上げて、教えられていた部屋番号を探す。少しだけ指先が汗ばんでいるのを意識しながら、該当のボタンを押した。


『はい』


 小さくノイズが入って、スピーカー越しに朝霧さんの声が聞こえる。


「こんにちは。佐原です」


『あ、佐原君。今、開けますね』


 その声とともにロックが外れ、自動ドアが開いた。

 

 清掃の行き届いたエントランスを抜け、エレベーターで指定された階へ上がる。


 廊下を歩き、教えてもらっていた部屋番号の前で足を止めた。


 ――なんだか緊張するな。


 改めて軽く深呼吸をしてから、今度は玄関のインターホンを押す。


「はーい」


 聞き慣れてきた、あの少し凛とした声。すぐあとに、扉が内側から開いた。


「佐原君、ようこそ。休日にすみません」


「大丈夫。気にしないで」


 顔を出した朝霧さんは、淡い色のブラウスにロングスカートという落ち着いた私服だった。


 その上からシンプルなエプロンをつけているのがなんだか新鮮で、いつもより柔らかく見える。


 俺がエプロンに視線を向けていたのに気づいたのか、朝霧さんが身をよじり、少し恥ずかしそうに口を開いた。


「お昼ご飯の片づけをしていて……見苦しくてすみません」


「いや、新鮮だなって。家事きちんと手伝ってて偉いね」


 そう言うと、朝霧さんは「そんな」と小さく首を振りつつ、ほんのり頬を染めた。


「佐原君だって料理上手じゃないですか……とにかく、上がってください」


「お邪魔します」


 靴を脱ぎながらそう答えると、「どうぞ」とスリッパを差し出してくれる。


 漂ってくるのは、洗剤と少しだけコーヒーの匂い。


「父はリビングにいますので」


 そう言って、朝霧さんが先に立って廊下を歩いていき、その少し後ろをついていく。


 ドアを開けて通されたリビングは、広すぎず狭すぎず、無駄な物が少ない整った印象だった。


 壁際には本棚があって、ビジネス書や専門書らしき背表紙がぎっしり並んでいる。


 ソファに目を向けると、男性が座っていた。朝霧さんのお父さんだろう。


「こんにちは。お邪魔しています」


 声をかけると、男性がゆっくりと立ち上がる。


 シャツにチノパンというラフめな服装だが、姿勢の良さとメガネの印象で、真面目そうなのは一目で分かった。

 

 どことなく朝霧さんを連想させる、整った顔立ちだ。


「君が佐原君か。澄玲からよく名前を聞くよ。前は男子の名前なんて言わなかったものだが……」


「ちょ、ちょっとお父さん……」


 隣で朝霧さんが、小声で抗議するように父親の袖を引いた。学校ではあまり見せない、少し子どもっぽい仕草だ。


「ああ、すまんすまん」


 父親は軽く笑ってから、こちらに向き直る。


「改めまして。澄玲の父です。急に呼び出してしまってすまないね」


「いえ。佐原悠斗です。今日はお時間いただきありがとうございます」


 そう言って、ぎこちなく頭を下げた。敬語がちゃんとできているか不安だ。


「話に聞いていた通り、礼儀正しい子だね。まあまあ、座って。そんなかしこまらなくていいから」


 勧められるまま、ソファに腰を下ろす。向かいに父親、その少し横に朝霧さんが座った。


「キャンプに行くと聞いてね。楽しそうで何よりなんだが……やっぱり、どんな子たちと一緒に行くのかくらいは、父親として気になってしまってね」


 穏やかな口調だけど、言っていることはもっともだ。


「はい。そこは当然だと思います」


 自分の膝の上で、両手を軽く組み直す。ここからが本題だ。


「メンバーは、高校の同級生と、近所に住んでいる後輩を含めたグループでして」


 ひとつひとつ、頭の中で整理しながら言葉を並べていく。


「男子は俺と、同じクラスの神谷颯真。女子は、同じクラスの宮坂陽菜と、家の近所に住んでいる九条乃亜……それから、高校の別クラスの木崎美羽さんです」


「なるほど。男女混合ではあるんだね」


「はい。そこが一番気になるところかと思いますので」


 父親の表情がわずかに真剣味を増したのを見て、喉が乾くのを感じた。


 それでも、途中で言葉を切るわけにはいかない。


「でも、その……」


 一呼吸だけ置いて、視線をしっかりと合わせる。


「ご心配をおかけするようなことをするメンバーでないことは、断言できます」


 口にしながら、自分でもちょっと堅い言い回しだなと思う。


 それでも、それくらい真面目に答えているというのは伝わってほしかった。


「なるほど、ね」


 父親は一度だけ目を伏せてから、ふっと息を吐いた。

 

 ふと横を見ると、朝霧さんは少し固い表情のまま、こちらと父親の顔を交互に見ている。


「泊まりは、一泊かい?」


 その問いかけで、意識を戻して答えた。


「はい。一泊二日の予定です。場所は、湖の近くのキャンプ場で……バンガローを借りるのを考えています。テントは初心者には難しいかなと」


「ほう、なるほど。よく考えているね。キャンプに詳しいメンバーがいるのかい?」


「はい。神谷がキャンプ慣れしていて、いろいろ教えてくれました」


 そこまで話すと、父親の表情が少しずつ和らいでいくのが分かる。


「……うんうん。大体わかったよ。佐原君はしっかりしているね」


 ぽつりと、そう言われた。


「いえ、そんな。まだまだです」


「いや、ちゃんと考えているのは伝わったよ。澄玲のことも、気にかけてくれているようだし」


「それは……友人ですし、当然かと」


 妙に照れくさくて、言葉の後半は少し小さくなってしまう。


「お父さん! 私のことはいいから」


 朝霧さんが、たまらず口を挟んだ。恥ずかしいのか、頬が少し赤くなっている。


「ああ、悪い悪い」


 父親はそう言って咳払いをひとつ。


「じゃあ、キャンプの件は——なにかあったらすぐ連絡すること。それを約束してくれるなら、行ってきてもいいよ」


「ありがとうございます」


 その言葉で、ようやく肩の力が抜けた気がした。


「佐原君が信頼できることも分かったからね。澄玲、お前も。困ったことがあったら、すぐに電話しなさい」


「……うん」


 朝霧さんが、素直に頷く。


「よし、じゃあ堅苦しい話はここまで。せっかくだから、少しお茶でも飲んでいきなさい」


「ありがとうございます。もしお邪魔じゃなければ」


「もちろん。休日にせっかく来てくれた娘の友人をもてなさないと、私が澄玲に怒られるからね」


「もう、お父さん!」


「ははは、怖い怖い。ではお茶を入れてくるから、少し待っていてくれ」


 その後、入れてもらったお茶を飲みながら、学校での朝霧さんの様子を根掘り葉掘り聞かれることになった。

 

 真面目で優秀、友人関係も問題なし——そんな無難なことしか言えなかったが、それでも父親は何度もうなずいていた。


 * * *


「お邪魔しました」


 帰り際、玄関で靴を履いたあとに、もう一度頭を下げる。


「こちらこそ、わざわざ来てもらって申し訳なかったね。気をつけて帰るんだよ」


「はい。失礼します」


「澄玲。エントランスまで送ってきなさい」


「うん」


 ドアのところで父親と別れ、朝霧さんと一緒に廊下へ出る。


「……今日はありがとうございます。わざわざ来てもらって」


 少しの沈黙のあと、朝霧さんが口を開いた。


「父も、佐原君の話を聞いて安心したと思います」


「いや、こっちこそ。誘ったのは俺……じゃないか」


 途中で、ふと引っかかる。キャンプに行こうと言い出したのは陽菜だった。


「まあ、でも湖のキャンプ場の話、俺が出したからさ。だったら、こういうのもちゃんとやっとかないと」


「ふふ……相変わらずきちんとしてますね」


 エレベーターに乗り込むタイミングで、朝霧さんが小さく笑った。


「そんなことないって。……とにかく、これで心置きなくキャンプに行けるから、よかったよ」


「ですね。楽しみです!」


 そんな他愛もない言葉を交わしているうちに、エレベーターが一階に着いたことを告げる電子音が鳴る。


 エントランスに出ると、さっきより雲が増えていて、太陽も傾き始めていた。


「じゃあ、また月曜日に」


「うん。また学校で」


 そう言って別れ、マンションを後にする。

 

 途中でふと振り向くと、まだ朝霧さんがガラス扉の向こうで小さく手を振っていたので、俺も手を振り返した。


 * * *


 その日の夜。時計は二十一時三十分を少し回ったところ。


 晩飯と風呂を済ませて、自室の机に座る。パソコンの電源を入れ、ヘッドセットを耳にかけたタイミングで、Mistからの着信があった。


『やあ、おつかれ』


 ボイスチャットをつなぐと、いつもの声が聞こえる。


『おつかれ。今日は何する?』


『うーん、今日はまったり系のゲームしたい気分』


『おk、ならクラフトしますか』


『賛成』


 そう言い合って、いつものクラフト系のゲームを起動する。のんびり資材を集めながら、だらだらと駄弁るのが定番だ。


 しばらく無心で木を切ったり鉱石を掘ったりしていたが、ふと今日あったことを思い出す。


『そういえばさ、クラスの連中とキャンプ行くことになってさ』


『……へえ?』


 少し間を置いて、Mistが反応した。


『キャンプとか、リア充じゃん』


『いやいや。リア充の基準低くね?』


『うーん。でも男女グループなんじゃないの?』


『それはそうだけど』


『ほら! やっぱリア充だって』


 そう言って、Mistがケラケラと笑う。スピーカー越しなのに、楽しそうなのが分かる。


『羽目を外して変なことするなよ?』


 冗談半分の声色で、そんな一言が飛んできた。


『お前までそういうこと言う?』


 思わず苦笑しながら返すと、Mistがくすっと笑う声が聞こえた気がした。


『まあ、――RAYなら心配ないか』


 その一言は、さっきまでの軽口より少しだけ真面目に聞こえて、少したじろぐ。


『お、おう』


 短く返したところで、Mistが「あ、そこ敵来てるぞ」とゲームの話題に戻した。


 その後は他愛もない話とゲームプレイを続けるうちに、夜がゆっくりと深まっていく。


 何はともあれ、無事にキャンプに行けそうで良かった。この夏が、ちょっとだけ楽しみになってきた。

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