第45話「キャンプ①」
昼休みのチャイムが鳴ってから、しばらく。
今日は購買で買ってきたパンを教室で食べている。
窓の外はよく晴れていて、校舎の向こうに見える山の緑が、みずみずしい色をしていた。
「ねーねー、夏休みどこ行くか決めた?」
斜め前の席から、陽菜がいつもの調子で身を乗り出してくる。メロンパンをくわえたままのため、言葉が少しだけこもっていた。
「海とかさー。プールでもいいし。カラオケ合宿とかも楽しそうじゃない?」
「突然だな。てかカラオケ合宿ってなんだよ」
向かいの席で弁当を広げていた颯真が、唐揚げをつまみながら苦笑する。
「せっかく山いっぱいなんだしさー、キャンプもアリじゃない? なんか青春って感じじゃん」
「雑なイメージだな」
そう返しながら、俺も手に持っていたコッペパンを一口かじった。
「私はキャンプしたこと無いので、ご迷惑をおかけしないか不安です」
隣の席では、朝霧さんが箸を置き、小さくそう呟いている。心配そうに眉が寄っていた。
「まあそうだな。テントとか張るのは、けっこう大変だ」
俺はパンを置き、少し真面目な声になる。
「片付けもあるしな。でもバンガローを借りればそこらへんは問題ないんじゃないか? 壁と屋根は必要だ」
「なんかリアルだね、颯ちゃん」
「昔、親父に連れ回されたからな。虫に襲われて泣いた思い出が蘇ってきた」
颯真が肩をすくめると、陽菜と朝霧さんは「わっ」と同時に声を上げて笑った。
怖がっているようで、でもどこか楽しそうでもある。
そこで、なんとなく口が動いた。
「……みんな興味あるなら、初心者向けのキャンプ場があるらしいよ。湖も近くて、綺麗なんだって」
上田駅からバスで行ける、そこそこ有名な場所。
父さんが話していたのを思い出しただけで、俺自身はまだ行ったことがない。
「いいじゃんそれ! 湖畔キャンプとか、絶対映えるやつ!」
陽菜の目が一気に輝く。
「映え基準かよ……」
ツッコみながらも、颯真も「まあ悪くないな」と言いたげな顔だ。
「澄玲ちゃんは、実際どう?」
陽菜が、今度は朝霧さんへ顔を向ける。
「……ご迷惑でなければ行ってみたいです。せっかく長野に来たので」
少しだけ間を置いてから、朝霧さんが丁寧に答えた。
「迷惑なわけないよ!」
陽菜が嬉しそうに手を叩く。
「じゃあさ、夏休み入ったあたりで行こうよ。ね、颯ちゃん」
「雑な決め方すんな。まあ、予定合わせられれば別にいいけど」
「後は木崎さんと乃亜か」
「後でRINEで聞いとくね!」
陽菜がスマホを掲げてみせると、ひとまずキャンプの話題は一段落した。
* * *
その日の夜。
晩飯と風呂を終えて、自室でパソコンの電源を入れようとしたところで、ポケットのスマホが震えた。
画面には、陽菜が作成した新しいRINEグループが表示されている。
『夢中探し部キャンプ編』
名前のセンスはともかく、メンバーはいつもの顔ぶれ——俺、陽菜、颯真、朝霧さん、乃亜、それから木崎さんも参加していた。
いつも連絡に使っているグループを、キャンプ用に分けたらしい。
トーク画面を開いた途端、メッセージが次々と流れ込んでくる。
陽菜:とりまグル作ったー。
颯真:別に元のグループで良くないか?
陽菜:特別感あっていいじゃん!
少し遅れて、乃亜からもコメントが来た。
乃亜:陽菜ちゃんから聞いたよ。勿論私も行く!
美羽:乃亜ちゃんに同じく。
画面を見ている限り全員チャットを見ている。文字でやり取りするより、直接話した方が早そうだ。
悠斗:一旦通話しないか?
そう提案すると、全員からすぐに賛成の返事が返ってきた。
そのままグループ通話に切り替わる。
『とりあえずさ、親の許可は絶対だからね?』
開口一番、陽菜の声がスピーカーから響いた。少しだけ真面目なトーンだ。
『そうですね。父に聞いてみます』
朝霧さんの落ち着いた声が続く。
『オレも親父に聞いとく』
『私は多分大丈夫だけど、一応言っとく〜』
『お兄ちゃん行くなら、うちは問題なし!』
それぞれの家事情が、短い言葉の中にチラッと見える。
『乃亜はちゃんと聞いとけよ。必要なら俺から説明するから』
自分の声が、少しだけ固く聞こえた。
『さっすがお兄ちゃん。優しい~』
乃亜が、わざとらしく感心したような調子で返してくる。
『男女で泊まりってなると気にするのが親ってもんだからな。もし顔見せとか必要なら言ってくれ。悠斗が説明しに行く』
颯真が、今度は真面目な声でそう言った。
『俺かよ』
急にボールを投げ込まれたので、思わずツッコむ。
通話の向こう側で、誰かが吹き出したような笑い声が混じった。
『いや、昨日も言ったけどさ。ちゃんとしてる奴が行った方が印象いいじゃん』
『そうそう。悠斗、見た目は人畜無害だからね〜』
『褒めてるのかそれ』
そんなやり取りで空気が和らぐ。
その後は、日程の候補や予算のざっくりした話をして、通話はお開きになった。
スマホの画面を閉じて、今度こそパソコンへ手を伸ばす。
そろそろいつもの時間だ。たぶんMistも、今頃ログインの準備をしているはず。
キャンプも楽しそうだが、まずは相方とのゲームを楽しもう——。
そんなことを思いながら、アイコンをクリックした。
* * *
翌日の休み時間。
教室でノートを出していたところ、横から声がかかる。
「佐原君、少し……いいですか?」
「ああ、うん」
イスの向きを少し変えて、朝霧さんの方へ体を向ける。
「昨日、父にキャンプの話をしたんです」
朝霧さんは、両手を前でそっと組みながら言った。視線は俺の胸元あたりをさまよっている。
「そしたら……どんな方たちと一緒に行くのか、一人でいいから連れてきなさいと」
「あー」
思わず声が漏れる。
まあ、やっぱり親としては心配だろう。
「すみません。せっかく皆さんで行こうとしているのに、水を差してしまうようで」
「いや、むしろ良い親御さんだと思うよ」
俺は苦笑しながら首を振った。
「知らない連中と娘が泊まりで出かけるってなったら、そりゃ気になるだろ。普通」
「……そう、でしょうか」
「そうだよ」
軽く言い切ると、朝霧さんは少しだけ目を瞬かせた。
そこへ、話を聞きつけたらしい陽菜が、ひょいっと顔を出す。
「何なに? 澄玲ちゃんのお父さん、メンバーに会いたいって?」
「はい……」
「じゃあさ」
陽菜は、にやっと笑ってこちらを指さした。
「悠斗、行ってきなよ」
「え、俺?」
「昨日颯ちゃんも言ってたでしょ」
「あれは冗談だろ」
「だとしてもさ、気にしてるのは異性と一緒に行くってとこだと思うからさ。悠斗が適任だよ。それにどうせ暇でしょ?」
「最後の一言は余計だ」
反射的に返したが、悔しいことに言い返しきれない。
「ね、澄玲ちゃんも悠斗が適任だと思うよね?」
いきなり振られて、朝霧さんが少し慌てたようにこちらを見る。
「い、いえ、その……」
言葉に迷っているのが分かったので、俺は先に口を開いた。
「まあ別にいいけど。俺でよければ」
「ご迷惑じゃ、ないですか……?」
「一応リーダーらしいしな。挨拶くらいなら全然大丈夫だよ」
自分で言いながら、ちょっとだけ気恥ずかしくなる。
「決まりだね。じゃあいつがいいのかな?」
「父は土曜日なら家にいると思います」
朝霧さんが、少し安心したような表情で答える。
「本当に、お願いしてもいいんですか」
「大丈夫。……どうせ暇だし」
そう答えた途端、陽菜が「ほらね」という顔をしたので、軽く小突いておく。
「いったーーい」
おおげさなリアクションが返ってきたが、そこはスルーした。
「じゃ、そういう事で。何かあればRINEして」
「……ありがとうございます。佐原君なら、父も安心すると思います」
そう言いながら、朝霧さんはほんの少しだけ表情を緩めた。
こうしてキャンプの前に、同級生の女子の父に会うという一大イベントが、発生してしまったのだった。




