第43話「スポーツ大会④」
――朝霧澄玲 視点
太陽がじりじりとグラウンドを照らしていた。
暑さはそれほどでもないけれど、夏がもうすぐやってくることを予感させる空気。
午後の光が白線を照り返し、笛の音と歓声が重なって響いてくる。
グラウンドでは、男子サッカーの決勝戦がちょうど始まろうとしていた。
観客席には生徒たちが集まり、誰もがお祭り気分でピッチを見つめている。
「悠斗〜! ファイトー! 顔で負けてるぞー!」
隣ではメガホンを握った陽菜ちゃんが、全力で叫んでいる。
あまりの勢いに思わず笑ってしまう。
(陽菜ちゃんらしいな)
私はそう心の中でつぶやき、肩にかけたタオルをぎゅっと握った。
ふと横を見ると、美羽ちゃんがこちらへ歩いて来るところだった。
「こっちも負けちゃったからさ、彼氏の応援~。一緒いい?」
「もちろんです」
そう言って笑う彼女の視線の先には、フィールド中央の神谷くん。
そして、そのすぐ隣には――佐原くんの姿があった。
彼は額の汗をぬぐいながら、まっすぐ前を見つめている。
集中している、というよりは何かに挑むような顔だった。
その横顔を見た瞬間、何とも言えない感覚が胸によぎる。
(普段と全然違う表情……佐原くん、あんな顔もするんだ)
吹き抜ける風に土と芝の匂いが混ざる。
「学校行事」なんて言葉が急に遠く感じるほど、会場の空気には真剣さがこもっていた。
* * *
笛の音とともに試合が始まった。
前半は互いに譲らず、スコアは動かない。
ただどちらかといえば攻め込まれている展開で、ヒヤヒヤする。
私はボールの行方を追いながらも、気づけば佐原くんに目が行っていた。
(ゲームしてるときのRAYも、あんな感じかも)
冷静に見えて、誰よりも先を読んでいる――そんな動き方。
思えば、いっしょにゲームをしていた時も、RAYの視野の広さにはいつも驚かされている。
(もしかして……サッカーが原点だったのかな?)
「うわ、ナイスキーパー!」
「いけー、颯くん!」
陽菜ちゃんと美羽ちゃんの声が響く。
私は手を胸の前で組み、声を出す代わりに小さく息を吐いた。
(がんばって……)
神谷くんと佐原くんがパスをつなぎ、ピッチを駆ける。
二人の呼吸がぴたりと合っていて、見惚れてしまうほどだ。
けれど、あと一歩というところで佐原くんのパスが相手にカットされ、観客席から一斉にため息がこぼれた。
私の胸も、きゅっと締めつけられる。
ただの傍観者のはずなのに。
それなのに、胸の奥が痛くて、息をするのも忘れて、私は試合に見入っていた。
* * *
前半終了のホイッスルが鳴り響く。
お互い無得点のままだったが、なんとかしのぎ切ったという感覚が強い。
(大丈夫かな……)
そんな不安をよそに、再び笛が鳴る。後半戦の始まりだ。
太陽は少し傾きはじめたものの、空はまだ明るい。
動き続ける選手たちは汗で髪を張りつかせ、息を荒げながらも前を向いていた。
それでも前を向いて走る佐原くん。
「颯くん! そこだよ!」
「がんばれー! 悠斗ー! 颯ちゃーん!」
陽菜ちゃんと美羽ちゃんが声を張り上げる。
その熱気に引きずられるように、気づくと私も立ち上がっていた。
「佐原くん、ファイト!」
思ったより大きな声が出てしまい、自分でも驚いた。
口を押さえると、陽菜ちゃんがこちらを見てニヤリと笑う。
「いいね、澄玲ちゃん! もっと応援しよ!」
(声なんて出すつもりなかったのに……)
頬が少し熱い。
けれど、一度出してしまえばもう止まらなかった。
三人で並んで声を上げる。
何とか守る。しかし攻めようとしてもカットされる。
苦しい展開のまま、気づけば試合は終盤。
疲労からかディフェンスが甘くなり、相手チームのスルーパスがゴール前に通ってしまう。
「まずい!」という声が飛び交った。私も思わず前のめりになる。
シュート――しかし間一髪ゴールキーパーが横っ飛びで弾き出した。
歓声が沸き起こる。
しかし守備に追われ続けるうちのチーム。応援席の空気も少し沈みかけていた。
けれどそのとき、ふと佐原くんの姿が視界に入った。
他のメンバーとは違う集中力。まるで、次の一手をすでに読んでいるような、そんな気配。
――チャンスだ。
そんな、佐原くんの声が聞こえた気がした。
彼がボールを受け取り、前へ走り出す。
神谷くんがすぐに並走し、息を合わせるように前線へ駆け上がる。
一瞬の出来事に、観客席がどよめいた。
一度は相手に止められる。けれど、佐原くんはそれも読んでいたように冷静に立ち回る。
フェイントで相手を引きつけ、右へと抜けた。
傍目には追い詰められているように見えたが、実際は違った。
守備の形が崩れたのが、素人の私でも分かった。きっとそれこそが狙い。
(今だ!)
心の中で叫んだ瞬間、佐原くんがシュートモーションに入り――飛び込んだ相手の足元を抜くようにパスを出す。
低い弾道で、ボールが一直線にゴール前へレーザーのように飛んでいく。
慌ててボールめがけて走る相手チームの守備陣。
しかし間に合わない。
誰よりも早くボールに触れたのは――神谷くんだった。
伸ばした足がボールに当たり、ネットが大きく揺れる。
一瞬、音が消えた。
次の瞬間、歓声の波が観客席を包み込む。
私は立ち上がり、両手を握りしめていた。
「やった……!」
喉が熱くなり、胸の奥が高鳴りでいっぱいになる。
どうしてこんなに嬉しいのか、自分でもうまく言葉にできなかった。
* * *
ゴールと同時に笛の音が鳴り響いた。試合終了だ。
佐原くんと神谷くんが拳を合わせ、笑っている。
その姿を見た瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。
(勝ってよかった……本当によかった)
陽菜ちゃんが「行こっ!」と私の手を取り、美羽ちゃんも走り出す。
一拍遅れて私も立ち上がり、グラウンドへ向かった。
中央にたどり着くと、佐原くんがこちらに振り向く。
汗に濡れた顔で、少しだけ笑っていた。
「悠斗、がっっごよかっだよ~~!!」
陽菜ちゃんが勢いよく飛びつく。
「……佐原くんらしくないくらい、全力でした。……かっこよかったです」
私も気づけば言葉を口にしていた。思ったよりずっと素直な感想が出てしまい思わず恥ずかしくなる。
「あ、ありがと」
佐原くんが笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、胸がどきんと跳ねた。
(あ……だめ。落ち着いて)
でも考えれば考えるほど鼓動が速くなっていく気がして、私は胸を押さえた。
佐原くんはボールを抱えて空を見上げている。
私も同じように空を仰ぐと、夕陽がオレンジ色に滲んでいた。
(きっと試合に感動しただけ。それだけ――だから)
そう自分に言い聞かせながらも――
スポーツ大会の熱は、まだ胸の奥でチリチリと燃え続けていた。




