第42話「スポーツ大会③」
午後三時。
まだ沈む気配のない太陽が、真上から照りつけていた。
グラウンドの上に揺らぐ陽炎。遠くで鳴る笛の音と歓声が混ざり合い、熱気が空気を震わせている。
どうやら他の競技はすでに終わり、今はこの決勝戦が注目の的のようだ。
「勝ったら打ち上げな。……負けてもやるけど」
颯真が笑いながら言う。いつも通りの軽口だ。
「どっちにしろやるのかよ」
俺が呆れ混じりに返すと、颯真はボールを足で転がしながらニヤリと笑った。
「いいじゃん。勝って気持ちよく乾杯しようぜ」
「……お前のおごりな」
そう言い合いながらピッチへと向かう。
観客席の方に視線を向けると、朝霧さんが小さく手を振ってくれていた。
その仕草だけで、胸の奥が少し軽くなる。男って単純だな、と自嘲する。
隣では陽菜がメガホンを構え、いつもの調子で叫んでいた。
「悠斗〜! ファイトー! 顔で負けてるぞー!」
「……顔関係ねぇだろ!」
周囲のクラスメイトが笑い、緊張がふっと解ける。
それぞれがポジションにつき、笛の音が鳴った。
――決勝戦の始まりだ。
* * *
前半は完全に拮抗していた。
相手は三年生中心の強豪クラス。サッカー部経験者も多く、パスワークの精度もスピードも高い。
それでも、うちのディフェンス陣――特にサッカー部のスタメンでもあるゴールキーパーの田村が要となり、幾度ものピンチを防いでくれていた。
「ナイスセーブ!」
味方の声が飛ぶ。田村がゴールポストに手をつき、息を整えた。
俺は中盤でボールをさばきながら、全体のバランスを取っていた。
体力的にはきついが、悪くない感覚だ。颯真との連携も戻ってきている。
ただ、決定打がない。
同じことを考えていたのか、近くまで寄ってきた颯真が低くつぶやく。
「守備陣は頑張ってくれてるが、このままだとじり貧だな」
「……ああ、分かってる」
その言葉通り、攻められつつも何とか前半終了。スコアは0-0。
ベンチに戻り、汗が顎を伝って滴る。呼吸も荒い。
「後半、いけるか?」
颯真がペットボトルを握りながら聞いてくる。
「ああ。相手の動きはだいたい掴んだ。……任せろ」
目を合わせて答える。正直、八割は虚勢だった。
それでも口にすれば、不思議と体が前を向く。
(やるからには……勝ちたいよな)
笛が鳴り、後半戦が始まった。
* * *
時間が進むにつれて、スタミナが確実に削られていく。
両チームの動きが重くなり、ミスも目立ち始めた。
今日だけで何試合もこなしているのだ。誰もが限界に近い。
汗が目に入り、視界が滲む。
それでも、グラウンドの隅から聞こえる声が背中を押してくれた。
「がんばれー! 悠斗ー! 颯ちゃーん!」
「佐原君、ファイト!」
陽菜と朝霧さんの声だ。精一杯の声援が、確かに届く。
試合は依然0-0のまま。一進一退の攻防が続く。
時計の針が進むたびに、観客席のざわめきが大きくなっていった。
――そして、終盤。
緩んだディフェンスの間を縫うように、相手のスルーパスが通った。
フォワードが抜け出す。決定的なピンチ。
「まずい……!」
守備が整う前に、シュート。
だが――キーパーの田村が横っ飛びで弾き出した!
「田村あああああ! ナイス!!」
土煙とともに、歓声が爆発した。その瞬間、俺と颯真の視線がぶつかる。
――チャンスだ。
弾かれたボールはサイドへ転がり、味方のDFが拾って俺へと送る。
「佐原、行けっ!」
声を聞くより先に、体が動いていた。
ボールを胸でトラップし、ワンタッチで目の前の相手をかわす。
ピッチを駆け上がりながら、前線を見渡す。颯真が守備の裏へ走り出していた。
「行け、颯真!」
勢いに乗せてパスを放つ。颯真が受け取り、そのままスピードを落とさずゴール前へ突っ込んでいく。
だが、残っていた二人のディフェンダーが壁のように立ちはだかった。
「くっ……!」
颯真はフェイントで一人抜くが、残る一人が即座にカバーに入る。
颯真ならもう一人もかわせるだろう。だがスピードが殺されてしまったのが致命的だ。
視界の端で他の守備陣が戻るのが見えた。
(そのままじゃ無理か……)
颯真も同じ事を考えたのだろう。すぐに俺にパスを戻してきた。
ボールが足元に届いた瞬間、相手がプレスをかけてくる。
俺はフェイントで咄嗟に体をひねり、右へ流れた。
そのままゴールを狙う動きを見せるようにフィールドをかき乱す。
ある程度走り回ったところでシュートのモーションを取ると、ディフェンスが飛び込んできた。
(――ここだ!)
試合が始まったばかりであれば、通らなかったであろうパス。
体力が削られ、カウンターで微かに相手が動揺していることで空いた活路。
俺はシュートフェイントをかけ、飛び上がった相手の足元を抜けるようにグラウンダーのパスをゴール前に蹴り出した。
ゴール前で待機していた颯真がゴールの匂いを嗅ぎつけたように動く。
ボールは相手の足元を抜け、一直線にゴール前へ。
颯真がそのまま足を伸ばし、ワンタッチ。
ボールはキーパーの指先をかすめ、ゴール左隅に吸い込まれた。
一瞬の静寂――そして、轟音のような歓声。
「うおおおおおっ!」
「やったー!」
――ピッ、ピッ、ピーー。
笛が鳴る。試合終了の合図だった。
* * *
汗だくのまま、颯真が駆け寄ってくる。
言葉はなかった。ただ拳を合わせた。
「今からでもサッカー部、入らないか?」
「はは……冗談だろ」
お互い笑い合った。
その笑いに、勝利の実感がじわりと滲んだ。
観客席から走ってくる三つの影。
陽菜と木崎さん、そして朝霧さんだ。
「来てたのか、美羽」
「うん、颯くんかっこよかったよ!」
目の前でいちゃつき始める二人に、思わず視線を逸らす。
すると視線の先にいた、涙目の陽菜が勢いよく飛びついてきた。
「悠斗、がっっごよかっだよ~~!!」
その声に押されるように、朝霧さんも一歩前へ出た。
頬が紅潮しているのがわかる。
「……佐原君らしくないくらい、全力でした。……かっこよかったです」
「あ、ありがと」
褒められ慣れていないせいで、言葉が詰まる。
顔の熱を隠すように手で髪をかき上げると、隣の颯真がニヤリとしながら肩を叩いた。
「……モテモテだな」
「うるせぇ」
手を払いのけると、颯真は声を上げて笑った。
気づくと夕陽がグラウンドを黄金色に染めていた。
俺はボールを抱え、空を見上げる。
(……思ってたより、俺、吹っ切れてたんだな)
なんだか清々しい気持ちのまま、今年のスポーツ大会は幕を閉じたのだった。




