第41話「スポーツ大会②」
スポーツ大会当日の朝。
青空が広がり、太陽の光が白線を照り返している。グラウンドには早くも歓声と笛の音が響き、熱気を帯びた空気が漂っていた。
「男子サッカーかあ……悠斗、大丈夫? 久しぶりだからって転んだりしちゃだめだよ~」
ストレッチをしている俺の隣で、陽菜がにやにやと笑う。
その声には冗談めいた軽さと、ほんの少しの気遣いが混じっていた。
「お前、フラグ立てるなよ」
「えー、心配してあげてるのに!」
「佐原君なら大丈夫だと思います。でも気をつけてくださいね」
朝霧さんが軽く微笑む。運動のためか、いつもより高い位置で結ばれた髪が風に揺れた。
どこか新鮮で、見慣れてきたはずの笑顔も少し違って見える。
「ほらー、澄玲ちゃんもそう言ってるし!」
「……プレッシャーかけんな」
そう返すと、陽菜は「健闘を祈る!」と大げさに敬礼して見せた。
彼女たちは開会式のあと、体育館で女子バスケの試合がある。
俺は肩をすくめつつ、クラスメイトたちの元へと歩いた。
* * *
開会式が終わり、俺と颯真は体育館へ。男子サッカーの試合まで時間があったため、女子の試合を応援することにしたのだ。
体育館につくとちょうど、うちのクラスの試合が始まったところだった。
女子バスケ部のクラスメイトが中心となって、チームはしっかりまとまっていた。
陽菜は持ち前のフットワークでコートを駆け回り、声を張り上げて仲間を鼓舞している。
一方の朝霧さんは、正確なパス回しに徹していた。派手さはないが、全体を見渡して動くその姿は、彼女らしい視野の広さがある。
「ナイス、陽菜!」
「いけるぞ!」
試合は一進一退。残り十秒、二点差で負けている。
白熱した試合展開に、俺と颯真も気づけば声を上げていた。
「リバウンド取れ!」
思わず叫ぶ。
その瞬間、朝霧さんがボールを拾い上げた。反射的に外の陽菜へパス。
受け取った陽菜はステップバックし――迷いのないフォームでシュートを放った。
ボールは高く弧を描き――リングに吸い込まれる。
同時にブザーが鳴った。ブザービーターのスリーポイント。歓声が体育館を揺らした。
「おつかれ、やるな!」
「おめでとう!」
俺と颯真はコート際まで駆け寄り、陽菜と朝霧さんに声をかけた。
「次もがんばるよ!」
息を弾ませながら陽菜が拳を上げる。
「ありがとうございます。こちらも終わったら応援にいきますね」
朝霧さんは肩で息をしながら微笑み、額の汗をぬぐった。
「……ああ、期待してるよ。お互い頑張ろう」
そう言って軽く手を振り、俺と颯真は体育館を後にした。
――さて、今度は俺たちの番だ。
* * *
グラウンドに戻り、白いラインの上に立つ。
靴の下から伝わる地面のざらつきが、妙に懐かしかった。
俺は中盤――ミッドフィルダー。昔から慣れ親しんだ位置。
フォワードには颯真。相変わらずフィールド上では頼もしさを感じる背中だ。
うちのクラスのサッカー部のメンバーはゴールキーパーとディフェンスに偏っていた。なので前線は素人中心。
どうやら、このチームの攻撃は、俺と颯真の連携にかかっているらしい。
「久しぶりだな、この並び」
颯真がボールを転がしながら笑った。
「……足引っ張るなよ」
「ブランクあるのによく言うぜ。お前こそがっかりさせんなよ」
笑い合いながらも、顔は真剣。
何度も同じフィールドでボールを追いかけた記憶が蘇ってきた。
試合開始の笛が鳴る。
最初は動きが硬かった。呼吸が合わず、パスもずれる。
けれど、数プレーをこなすうちに体が感覚を思い出していく。
(そうだ、こういう感じだった)
相手が鋭いプレスを仕掛けてくる。
――だが、甘い。
サッカーをやめてからも続けているトレーニングのおかげか、プレスを受けても体の芯がぶれない。
相手の圧を正面から受けながらも、ボールをしっかりと足元でキープできた。
そのまま肩を入れて相手の勢いをいなし、わずかに『ため』を作る。
ピッチの喧騒が一瞬遠のいたその刹那、視界の端に颯真の影が走り込むのが見えた。
――完璧なタイミングだ。
「行け、颯真!」
浮き気味のパスを放つ。
颯真が受けてトラップ、そのまま右足を振り抜く。
ボールはディフェンスの間を抜け、ゴール左隅へ。ネットが揺れ、歓声が沸いた。
「ナイスシュート!」
仲間たちが声を上げ、ベンチからも拍手が起こる。
俺と颯真は無言で拳を上げた。
「ナイスパス。一番欲しいとこに来たぜ」
「お前が物欲しそうにしてたからな」
「……ははっ、懐かしいな、この感じ」
その後も完全にこちらの流れだった。
中盤でボールを回してリズムを作り、颯真がチャンスを仕留める。
颯真の得点感覚は流石の一言で、立て続けにゴールを決めた。
(サッカー部のエースは伊達じゃない、か)
初戦は快勝。笛が鳴ると同時に、チーム全体が歓喜の声を上げた。
「佐原、やるじゃねーか!」
「お前サッカーやってたのか?」
そんな中サッカー部のクラスメイトが駆け寄り、俺の肩を叩く。
俺のプレイを見て疑問に思ったらしい。
「……ああ、昔ちょっとな」
「なるほどな。攻撃陣に不安があったが、これはいけるかもな。次も頼むぜ」
軽く笑い返しながら、汗をぬぐう。
その言葉どおり、二戦目・三戦目も危なげなく勝利。
ギリギリで追いつく試合もあったが、チームの雰囲気は明るく保たれた。
そして昼を挟み、気づけば決勝進出が決まっていた。
* * *
ベンチに腰を下ろし、ペットボトルの水をあおる。
喉を通る冷たさが、火照った体を鎮めていく。
(……やっぱり動いた後の水はうまいな)
全身の疲労すら心地いい。
忘れていた高揚感が、胸の奥でゆっくりと息を吹き返していた。
「楽しそうだな」
隣でペットボトルを振りながら、颯真が笑う。
「……ああ、そうかもな」
自然に言葉が出る。
颯真は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに「俺もだ」と笑い返した。
ふと観客席を見ると、女子のクラスメイト達が来ていた。
視線が合うと、陽菜が両手を振り、朝霧さんは控えめに小さく手を上げる。
フェンス際まで近づくと、陽菜が真っ先に声を上げた。
「いやー、準決勝で負けちゃったよ!」
「最後のシュートが入っていれば、勝ちだったんですが……惜しかったですね」
朝霧さんが額の汗を拭いながら苦笑する。
「というわけで悠斗、リベンジよろしく!」
「応援してます!」
「ああ、出来る限りやってみるよ」
そう答えてベンチに戻る。
そろそろ決勝戦が始まる。相手は三年の強豪クラス。サッカー部も多く、優勝候補筆頭だ。
深く息を吸い込み、グラウンドに視線を戻す。
午後の陽射しが強くなり、照り返しが目にしみた。
(……ラスト一試合。頑張るか)
そんなふうに思った瞬間、笛の音が鳴り響いた。




