第4話「窓際、三人」
窓際の二人席をつなげて、俺たちはようやく腰を下ろした。
配置は自然と決まる。俺の右隣に朝霧さん、向かいに陽菜。
それぞれトレーを置くと、性格がそのまま出る。
朝霧さんは箸袋をきっちり折りたたみ、トレーの角を机の端とぴたりと揃えてから静かに手を合わせた。一方の陽菜はというと、弁当袋を広げるかのような勢いで箸を開け、唐揚げの皿をずいっと中央に押し出してくる。
「いただきまーす!」
元気いっぱいの声に、周囲の何人かが思わず振り返る。……ほんと、恥ずかしいやつだ。
「私は優しいから、唐揚げ一個悠斗にあげるね!」
陽菜がひょいと唐揚げをつまみ、俺の蕎麦の上にぽんと置く。
「……どうせ食いきれないだけだろ」
「ちょっと! 好意を無下にするなー!」
あきれながら返すと、陽菜はむっと頬をふくらませる。そんな言い合いをしていると、隣で朝霧さんがふっと笑った。
声を出して笑うというより、肩の力が抜けた自然な笑み。それが逆に印象に残った。
「お二人、仲が良いんですね」
その一言に陽菜が胸を張る。
「まあね! 悠斗は弟みたいなもんかな!」
「小さいお姉さんだな」
「あー! 小学校の頃は私の方が高かったのに!」
「何年前の話だよ」
俺が言い返すと、陽菜はすぐさま反論する。いつも通りのやり取りだ。
その時、不意に隣から小さな「あっ」という声が漏れた。後ろを通った誰かが朝霧さんの椅子に軽くぶつかったらしく、山菜そばの汁がトレーの端からこぼれかけていた。
「ちょっと待って」
俺はすぐに手を伸ばしてトレーを支え、ポケットからティッシュを取り出して縁を拭った。
「大丈夫? 制服にはかかってない?」
「はい、大丈夫です……ありがとうございます」
朝霧さんはほっとしたように息をつき、小さく頭を下げる。その仕草すら丁寧で、こちらが思わず姿勢を正したくなるほどだった。
「さすが悠斗。段取りいいね」
陽菜が唐揚げを頬張りながら、もぐもぐとした声で言う。
「いや、普通だろ」
「佐原君は中々頼もしいですね。昨日から助けられてばかりです」
朝霧さんが真っ直ぐにそう言うと、なぜか陽菜が横から割り込んでくる。
「意外とおせっかい焼きなんだよね。どんどん頼っていいよ」
「お前が言うな」
俺が突っ込むと、テーブルの上に自然と笑みが広がった。
* * *
唐揚げを口に放り込みながら、陽菜が朝霧さんへ身を乗り出す。
「そういえば澄玲ちゃん、どこから引っ越してきたの?」
「東京からです」
「東京!? 都会っ子じゃん!」
陽菜が昨日の俺とまったく同じことを言うので、思わず苦笑いする。
「ふふ、佐原君と反応が同じですね。やっぱり仲良し」
朝霧さんも同じ連想をしたらしく、くすりと笑った。
「えー、悠斗と? なんか心外なんですけど」
「別にいいだろ、感想が被ったくらい」
「まあ、そうだけどさ。——それにしても東京かあ。修学旅行で行ったくらいだよ、私。いいよね、都会」
「あー、東京駅の広さにはビビったわ。一人だったら確実に迷ってた」
乗り換えに十分以上歩くのはどういうことだ、と内心でツッコミを入れた記憶がよみがえる。箸を持ち直しながら、俺はそばをひと口すする。
「確かに駅は大きいですね。……でも都会は、どこへ行っても人が多いのがデメリットです。私、人混みが少し苦手で」
「あー、それは分かるかも。ガラガラだと寂しいけど、多すぎてもストレスだよね」
陽菜が相づちを打ち、唐揚げをもう一個つまむ。
「なので“適度”が一番だと思います。こちらは、今のところちょうど良さそうです。来て日が浅いのですが」
「駅前はそこそこ発展してるしね。でも駅から車で二十分離れたら一面の緑。『こんなところに人住んでるの?』って景色になる」
「それは……ちょっと見てみたいです」
「普通に狸とか、猪、熊もいるしな」
そういえば、親が車で移動中に猪と並走したことがある——と聞いたのを思い出す。
「ええっ、それは見かけたら驚いてしまいそう」
そんなふうに取りとめなく喋っているうちに、頃合いが来た。俺はトレーの上を軽く整え、声をかける。
「そろそろ戻ろうか」
「だね。ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした。お蕎麦、おいしかったです。また頼んでしまいそう」
「それはよかった。長野といえば蕎麦だしな」
「あっ、トレーの返却はあっちだよ!」
「ありがとうございます」
トレーを返却口へ運び、廊下へ。人の流れに合わせて歩き出す。
「朝霧さん、放課後って時間ある? 一応、校内の案内をしようと思ってる」
「大丈夫です。むしろ、こちらからお願いしたいくらいで」
朝霧さんがていねいに頭を下げる。歩調は乱さず、視線だけこちらへ。
「了解。じゃあ授業が終わったら回ろう。順番は……軽く決めとく」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
歩きながら、スマホを取り出す。メモアプリのチェックリストに指を走らせた。
—[購買]→[保健室]→[図書館]→[校庭]。
教室からの動線を意識して、近い順に並べておく。無駄に時間を食うのは避けたい。
「佐原君、段取りがしっかりしてますよね」
画面を覗いた朝霧さんが、感心したように声を落とす。
「いざってときに焦りたくないだけ。準備できるところは先にやっとく主義」
肩すかし気味に答えながらも、手は止めない。チェック欄に小さなマークを付けるだけで、頭の中が少し軽くなる。
そこで、陽菜が少しだけ間を置いて口を開く。
「……ねえ、放課後の案内、私も行っていい?」
言い方はいつも通りなのに、視線がほんの少し泳いだ。俺は歩幅を合わせたまま振り返る。
「もちろん。朝霧さんも、それでいい?」
「はい。陽菜ちゃんが一緒なら心強いです」
「やった」
一言だけ喜んで、陽菜はすぐいつもの調子に戻る。朝霧さんは「よろしくお願いします」ともう一度会釈した。
「あれ、でも今日は部活は?」
「女テニは来週から始動なんだ」
「なるほど」
「陽菜ちゃん、テニス部なんですね」
「そうだよー。中学からずっと。これでも結構やるんだよ!」
ムン、と力こぶポーズ。俺はつい指でつつく。
「なんだ、ぷにぷにじゃないか」
「あー、セクハラだよ悠斗!」
ぽかぽか叩いてくる陽菜を横目に、朝霧さんが楽しそうに笑った。笑い声だけが柔らかく残る。
そんな会話のまま歩いていると、教室前に戻ってきていた。
「じゃ、また放課後に」
「うん!」
「よろしくお願いします」
それぞれ自分の席へ。椅子が床をかく音が順々に重なる。
腰を下ろして間もなく、スマホが一度だけ震えた。
Mist:今日、夜いける?
RAY:おっけ!
画面をスリープに戻し、ポケットへしまうのと同時に予鈴が鳴る。教室の空気がすっと引き締まった。




