第38話「勉強会③」
「そういえば考えてなかったけど、お昼どうする?」
ペンをしまいながら、颯真がぼそっと言った。
「ああ、俺が作るよ」
「えっ、佐原くん料理できるの?」
立ち上がった俺を見て、木崎さんが目を丸くする。
「ああ、まあ一応。親がいない日が多いから、仕方なくって感じかな」
すると、後ろからすかさず手が挙がった。
「乃亜も一緒に作る! 任せて!」
勢いよく宣言しながら、乃亜はキッチンにかけてあった自分用のエプロンを手に取る。
腰に結ぶ仕草がやけに手慣れていて、ちょっと誇らしげだった。
「おお……乃亜ちゃん、なんか奥さんみたいだね」
陽菜が感心したように言う。
「陽菜ちゃん、いいこと言う〜」
乃亜が得意げに笑い、俺は苦笑して手を振った。
「はいはい、ちゃっちゃと作るぞ」
「ぶー。もうちょっと感謝してよね。いつも誰のおかげで美味しいごはんが食べられると思ってるの?」
「……それを言われると、ぐうの音も出ないな」
俺が白旗を上げると、乃亜は勝ち誇った顔をする。
「乃亜ちゃんも、お料理得意なんですか?」
朝霧さんが首をかしげながら尋ねた。
「はい! 私、お料理研究部に入ってるので!」
「なるほど……それは心強いですね」
「もち! 任せてくださーい!」
実際、乃亜の料理の腕は俺よりずっと上だ。
昔は卵を割るたびに黄身を潰していたのに、人は成長するものだとつくづく思う。
「じゃあ、しばらく待っててくれ」
そう言い残して、俺と乃亜はキッチンへ向かった。
* * *
食材は家にあるものを中心に、足りないものは昨日のうちに乃亜と買っておいた。
台所では、パスタを茹でる鍋から上がる湯気が立ちこめ、ベーコンを炒める香ばしい匂いが漂っている。
「お兄ちゃん、味見お願い〜」
パスタのソースを混ぜていた乃亜が、横でスープを作っている俺に声をかける。
「了解」
スプーンでソースをすくい、慎重に口に運ぶ。
ちょうどいい。塩気も風味も、完璧だ。
「流石だな。塩加減もバッチリ」
「ふふん、任せといて。じゃあ私はサラダ作るから、お兄ちゃんは麺とスープお願いね!」
乃亜は次の作業へ移り、野菜を手際よく切り分けていく。
包丁のリズムが心地よく響き、切ったトマトやレタスが彩りよく皿に並べられていく。
俺は正直、見た目より味派だ。
だが乃亜は、盛り付けのセンスまで抜群だ。料理部で培った映えの技が光っている。
(どんなに俺が練習しても、ここだけは敵わないだろうな)
そんなことを考えていると、リビングから賑やかな声が聞こえた。
「おい、昼前にお菓子食いすぎだろ」
「もう一口だけ! お腹すいちゃって!」
「お前……それ言い訳になってねぇ!」
どうやら、向こうも盛り上がっているようだ。
その様子を思い浮かべて、思わず口元がゆるむ。
しばらくしてスープが完成した。
「よし、こっちはできたぞ。そっちはどうだ?」
「完璧!」
乃亜がサムズアップを見せる。
パスタを皿に盛り付け、スープを並べて準備完了だ。
湯気の立つ皿を見ながら、乃亜と目を合わせて頷く。
「うん、我ながら上出来!」
「お疲れ。助かったよ」
「へへっ、お兄ちゃんもありがと!」
* * *
リビングへ料理を運ぶと、全員の視線が一斉に集まった。
「わぁ……すごい!」
朝霧さんが目を輝かせ、木崎さんも「やば、レストランみたい!」と声を上げる。
テーブルの上には、ベーコンとほうれん草のクリームパスタ、具だくさんのコンソメスープ、色鮮やかなサラダ。
湯気とともに広がる香りが、食欲をくすぐった。
「さあ、冷めないうちにどうぞ!」
乃亜が笑顔で促すと、全員が一斉にフォークを取った。
「いただきまーす!」
陽菜が宣言し、すぐに一口。
「……おいしっ! これお店で出せるよ!」
「本当に美味しい。お店のランチみたいです」
朝霧さんが驚いたように笑う。
「味付けの監修は乃亜だからな。俺は下働き」
「えへへ、協力プレイってことで!」
隣で乃亜が頬を染める。
「いやー、でもこれだけできれば佐原君も将来嫁に困らないね〜」
と木崎さん。
「その前にモテないとね!」
陽菜が茶々を入れ、颯真が吹き出す。
「余計なお世話だ」
俺が返すと、また笑いが広がった。
作った料理は見る間に減っていき、テーブルの皿はあっという間に空になった。
* * *
「ふー、満腹。勉強会なのに、なんだか得した気分」
陽菜がソファに沈みながら呟く。
「エネルギー補給も大事だからね」
木崎さんが笑い、カップを両手で包むようにしてコーヒーを飲んでいた。
いつの間にか外は雨が上がっており、リビングには午後の日差しが差し込んでいる。
窓辺のグラスに光が反射し、テーブルの上に淡い模様を描いていた。
「夏休みになったら、みんなでどっか行きたいね」
食後の一休みの時間。
陽菜が思いついたように提案すると、すぐ反応が返る。
「いいな、それ。夏といえばキャンプとか?」
颯真が外を見ながら言う。
「私は海がいいな〜」と木崎さん。
「お祭りもいいよね」と乃亜。
賑やかなやり取りの中で、朝霧さんが少し考えるように口を開いた。
「……蛍を、見てみたいです」
その一言で、場がふっと静まる。
やがて陽菜が「わぁ、それいい! なんか、ろまんてぃっく!」と声を上げ、空気が明るく弾けた。
「じゃあ蛍キャンプにしよう!」
「おい、ハードル上げすぎ」
俺のツッコミに笑い声が広がる。
午後の光が穏やかに差し込む中、誰もが少しだけ未来の夏を思い描いていた。




