第33話「新メンバー②」
週末の昼前。
駅前のファミレスは、まだ昼時には早い時間帯だというのに、すでに家族連れや学生の姿がちらほら見える。
少し早めに着いて窓際のテーブル席を確保した俺は、入口の方を気にしながらドリンクバーのウーロン茶を一口飲んだ。
「ねえお兄ちゃん、そろそろみんな来るかな?」
隣の窓側でストローを回していた乃亜が顔を上げる。
白いブラウスに淡いピンクのカーディガン、チェックのスカートという可愛らしい雰囲気の服装。足をぶらぶらさせながら、少しそわそわしている。
「もうそろそろじゃないか。……あ」
自動ドアの向こうに、黒髪をゆるく束ねた姿が見えた。
朝霧さんだ。淡いグレーのニットに白いスカートという落ち着いた服装で、清楚な印象がよく似合っている。
「朝霧先輩、こっち!」
乃亜が手を振ると、朝霧さんはすぐに気づき、軽く会釈してから近づいてきた。
「お待たせしました。席、もう取ってくださってたんですね」
「一応、ちょっと早めに来てな」
「そういうとこ、お兄ちゃん抜かりないよね」
「ふふ、確かに。ありがとうございます」
そう言って朝霧さんは微笑み、反対側の席に腰を下ろした。
「乃亜ちゃん、久しぶり……というほどでもないですかね」
「GWの初日ぶりなので、二週間ぶりくらい? でも連休挟むと長く感じますよね」
「そうそう。分かります」
そんな会話をしながら三人でメニューを広げていたちょうどそのとき、ドアのベルが鳴った。
颯真と木崎さんが同時に入ってくる。
「よー、待たせたな」
「やっほー! みんな早いね!」
颯真は白のシャツに黒いパンツといういつものシンプルな格好。
一方の木崎さんは、ゆるっとしたオーバーサイズのパーカーに黒のスキニーパンツ。袖口からのぞくネイルは淡いベージュで、細かなお洒落を感じる。
全体的に“派手すぎないギャル”という言葉がぴったりで、どこか柔らかい印象さえあった。
木崎さんは朝霧さんの隣、颯真はその横に腰を下ろす。
「君が乃亜ちゃんかな? “夢中探し部”の新入り、木崎美羽です。よろしくね!」
「はい。九条乃亜です。よろしくお願いします、美羽先輩」
「てかめっちゃ可愛いね! こんな逸材どこから発掘してきたの……!?」
「悠斗から自然発生した」
「そんな感じです」
「なにそれ!」
いきなりのテンション高めな木崎さんの言葉に、全員が笑った。
「うちの学校じゃないよね? こんな可愛い子いたら絶対噂になってるもん」
「あー、噂になるかどうかは置いといて。高校は清女です」
「うわ〜! お嬢さま学校じゃん。ぽい、ぽい!」
「あ、ありがとうございます……?」
乃亜が戸惑いながらも木崎さんからの問いにいくつか答えていると、最後の一人が姿を見せた。
「ごめーん! 電車一本逃したー!」
陽菜が息を弾ませながら駆け寄ってくる。ポニーテールを揺らし、白いパーカーにプリーツスカートというラフな格好。
時計を見ると、約束の時間を五分ほど過ぎていた。
「嘘つけ。お前歩きだろ」
「陽菜ちゃんおそーい」
乃亜が指をさすと、陽菜は両手を合わせてぺこりと頭を下げる。
「てへ。寝坊しちった」
「遅れたから陽菜のおごりな」
颯真が腕を組んで真顔で言う。
「えー! 聞いてないよ!」
「今決まった」
「ひどい!」
そんなやり取りに笑いが広がる。これでようやく全員が揃った。
陽菜は俺の隣に座り、長方形のテーブルを囲むように全員が腰を下ろす。
テーブルの上にメニューを並べみんなで眺める。
「全員分のドリンクバーだけ先に頼んでおいたから、それ以外で注文してくれ」
「さっすが悠斗! 仕事が早い!」
各自メニューを選び終えると、店員が注文を取り、順番にドリンクバーへ向かう。
戻ってきてから、陽菜がグラスを掲げた。
「じゃあ改めて、美羽ちゃんの加入に乾杯!」
「乾杯!」
笑い声と一緒にグラスの音が重なる。そこからは自然に雑談タイムへ。
「で、実際、美羽ちゃんはどうしてグループに入ろうと思ったの?」
陽菜がストローをくわえたまま首を傾げる。
「んー、なんか楽しそうだったから、かな」
「それだけ?」
「うん。それだけ!」
あっけらかんと言い切って、木崎さんは笑った。
「颯くんがさ、みんなの話をすっごく楽しそうにするんだ。それで『いいなー』って思っちゃって」
「ふむふむ」
「まあ、私もなんか夢中になれること見つけたいし。青春したーい!」
「……それを言うなら、もう颯真と付き合ってるんだから青春してるんじゃないのか?」
「ちっちっ、それはそれ、これはこれ、ですよ佐原君。恋愛だけが青春じゃないの! みんなとつるんで、わちゃわちゃするのも青春のうち!」
俺が突っ込むと、美羽は分かってないなあとでも言いたげに肩をすくめる。
その言葉に、朝霧さんと陽菜も頷いた。
「そうですね。確かに、みなさんと遊ぶのは楽しいです」
「そうそう! それぞれの“夢中”があるんだよ!」
「ほら!」
援護射撃を受けては敵わない。俺がお手上げのポーズを取ると、テーブルの周りに笑いが広がった。
* * *
しばらくすると、テーブルの上に次々と料理が運ばれてきた。
ハンバーグの香ばしい匂いと、パスタソースの甘酸っぱい香りが混ざり合う。この雑多な感じが、いかにもファミレスらしい。
「うわ、このオムライスふわとろ! これ絶対おいしいやつ!」
木崎さんがスプーンを入れながら、子どものように目を輝かせた。
「美羽ちゃん、トロトロ派?」
陽菜が楽しそうに尋ねる。
「んー、その日の気分! でも今日はトロトロがいい日って感じ!」
その言葉に、朝霧さんと乃亜も自然に会話へ加わる。テーブルのあちこちで笑い声が交錯し、穏やかな空気が広がった。
そんな女子たちの会話の中、颯真がスープを一口すすりながら、ぼそっとつぶやく。
「なんかさ、あんまよく考えてなかったけど……このグループ、女子率高くね?」
「確かに」
流れで増えていったからあまり意識していなかったが、言われてみれば俺と颯真以外、全員女子だ。
苦笑した俺を見ていたのか、木崎さんがスプーンを置いて身を乗り出した。
「そう、それ! しかも女子の顔面偏差値、めっちゃ高くない!?」
突拍子もない発言に、全員が一瞬固まる。数秒の間のあと、颯真が肩をすくめてニヤリと笑った。
「……たしかにそうかもな。まあ美羽以外は悠斗の趣味だが」
「いやいやいや、勘弁してくれ」
慌てて否定した俺に、朝霧さんがくすっと笑う。
落ち着いた微笑みの中に、ほんのりとからかいの色が混じっていた。
「でも、佐原君の人徳で集まったメンバーなんじゃないですか?」
首をかしげながらの柔らかな一言に、思わず言葉を失う。
「いや、それもやめてくれ……」
そう言いつつ、耳のあたりがじんわり熱くなるのを自覚する。その様子を見逃さず、乃亜が小さくニヤリと笑った。
「お兄ちゃん、顔赤い……?」
「なっ……!」
テーブルの空気が一気に弾ける。
陽菜が「図星〜!」と笑い、木崎さんが「わかる〜!」とハイタッチ。
颯真まで「これも青春だな」と煽り、完全に俺がいじられる流れになった。
「……もう、好きに言え」
観念してため息をつくと、再び笑い声が弾けた。それは悪意のない、ただ楽しいだけの笑い。
グラスの氷がカランと鳴り、午後の日差しが窓辺でやわらかく揺れる。
——からかわれてるのに、不思議と悪い気はしなかった。
* * *
その後は雑談メイン。
それぞれの好きな事や最近あった出来事など。途中席を移動したりしながら楽しく過ごした。
ふと時計を見ると、すでに昼はとっくに過ぎ去り、外は少しずつ夕方の色に変わり始めている。
「そろそろお開きにする?」
陽菜がちらりと時計を見ながら言う。
「そうだな。けっこう長居しちゃったし」
俺がうなずくと、木崎さんがスマホを取り出して、ぱっと顔を明るくした。
「ねえねえ、せっかくだし記念に写真撮ろ?」
「賛成!」
「いいですね!」
陽菜と乃亜がすぐに声を重ねる。
「はい、後ろの人もうちょい詰めてー!」
木崎さんがスマホをインカメにして構え、手際よく全員を誘導していく。さすが場慣れしているというか、自然とまとめ役になっていた。
「朝霧ちゃん、もうちょっと佐原君に体を寄せて!」
「は、はい……!」
少し遠慮がちに朝霧さんが近づいてくる。
その瞬間、彼女の髪がふわりと揺れ、柔らかなシャンプーの香りがかすかに届いた。
無意識に息を呑んだところへ、後ろから明るい声が飛んでくる。
「あっ、朝霧先輩ずるい! 乃亜も!」
言うが早いか、乃亜が俺の背中にぴたりと抱きついてきた。
「ちょっ……!」
バランスを崩しかけた俺を見て、周りがどっと笑う。
「いいねー、その感じ! はい、笑ってー!」
木崎さんの明るい声が響き、全員がそれぞれの笑顔を浮かべた。
カメラのシャッター音が小さく鳴り、画面の中に“夢中探し部”の六人がきれいに収まる。
「よし、完璧!」
木崎さんが満足そうにスマホを確認し、にっこり笑った。
「グループに送るね」
「ありがとう美羽ちゃん!」
口々にお礼を言いながら席を立つ。会計を済ませ(なお、陽菜の遅刻は少し多めに払う事で許された)、店を出ると外はすでに夕暮れの気配を帯びていた。
西日がビルの窓に反射して眩しく、街路樹の影が長く伸びている。
「あー、楽しかった。また何かやるときは誘ってね!」
木崎さんが軽く伸びをしながら言う。
「もちろん! じゃあ今日はここで解散! みんな気をつけて帰るように!」
「お前は先生か」
陽菜の宣言に思わず突っ込むと、再び笑い声が上がった。
朝霧さんは手を振って別方向の道へ。
颯真は木崎さんを送っていくようで、残った俺は自然と陽菜と乃亜と並んで歩き出す。
駅前の風が少し冷たく感じられる中、ふと足を止めてスマホを取り出した。
画面に映るグループ写真には、楽しそうに笑う全員の顔が並んでいる。
(ただ暇なだけの休日より、こういう日も悪くないな)
そう思った瞬間、前から声が飛んできた。
「悠斗! 置いてっちゃうよー!」
「お兄ちゃん、早くー!」
「はいはい、今行く」
そう返事をしながら、二人の影を追いかけて歩き出す。
夕暮れの街に、三人分の足音が重なって響いた。




