第32話「新メンバー①」
連休が終わり、再び日常が戻ってきた。
まだみんな休みモードから抜けきれていないのか、教室のあちこちであくびが連鎖している。
俺も例外じゃない。黒板の文字をぼんやり目で追いながら、手元のペンをくるくると回した。
今年のGWは、久しぶりにイベントが多かった。そのぶん、平常運転に戻るギャップがやけに大きく感じる。
なんとか一日を乗り切り、帰ろうと鞄をまとめていた放課後。
背後から聞き慣れた声がかかった。
「なあ、ちょっと相談があるんだが」
振り返ると、部活鞄を肩にかけた颯真が立っていた。いつもの軽い笑顔ではなく、少し真面目な表情だ。
「珍しいな。どうした?」
「いや……大したことじゃないんだけどさ。ちょっと歩きながらでいいか?」
颯真は頭をかき、言いづらそうに目を逸らす。俺は軽く頷き、鞄を持って一緒に教室を出た。
廊下を並んで歩きながら、彼が口を開く。
「実はさ、美羽が“夢中探し部”に興味持ったみたいで」
「え、木崎さんが?」
思わず聞き返す。
——木崎美羽。
サッカー部のマネージャーで、颯真の彼女だ。俺も何度か顔を合わせたことがある。
見た目は派手で陽キャっぽいが、意外と礼儀正しくて成績も良い。根は真面目なタイプだ。
「最近、おまえらといろいろ遊んでるって話したら、気になったみたいでさ」
「ああ……まあ、彼氏が他の女子とつるんでたら気にはなるだろうな」
そう言うと、颯真は首を振った。
「いや、そういうのじゃなくて。“楽しそうだから自分も混ざってみたい”って感じ」
「……なるほど。好奇心旺盛なパターンか」
嫉妬よりも前向き。いかにも陽キャっぽい反応だ。
「てか、なんで俺に相談なんだよ」
「おまえがリーダーだろ、“夢中探し部”の」
「いや、陽菜が勝手に言ってるだけだって」
「そうかもな。でもおまえが中心なのは間違いないだろ」
にやりと笑い、颯真が軽く肩を叩く。
俺は苦笑しながら肩をすくめた。確かに、いつの間にかそういう立ち位置になっている気はする。
「……ま、別にいいんじゃないか。断る理由もないし。ほかのメンバーにも後でRINEで聞いてみるよ」
「助かる! ——じゃ、俺は部活行ってくる。また夜にな」
颯真は手を振り、部室棟へ駆けていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
(……またメンバーが増えるのか)
どうなることやら。
そう思いつつ、夕焼けに染まる廊下をゆっくり歩き出した。
* * *
家に帰り、夕飯と自主勉を済ませた後、机の上のスマホを手に取る。
ふと昼間のやり取りを思い出しグループRINEを開いた。
悠斗:ちょい確認したいことがあるんだが。颯真の彼女、木崎さんがグループ入りたいらしい。どう思う?
送信ボタンを押すと、すぐに返信が並んだ。
陽菜:いいじゃん! 女子トークの幅が広がる!
澄玲:私はまだお会いしたことがありませんが、佐原君がOKなら大丈夫です。
乃亜:朝霧先輩に同じく!
悠斗:木崎さんは悪い人じゃないし、仲良くやれると思う。じゃあ近いうちに。
颯真:みんな助かる!
次々と届く既読とスタンプ。
俺はそれを見ながら、予想通りの反応だな、と思いながらスマホを伏せた。
* * *
翌日の昼休み。
午前中の授業が終わり、教室にはゆるい空気が流れていた。
弁当箱のふたが開く音や笑い声があちこちで混じり合う。
そんな穏やかな時間を切り裂くように、勢いよくドアが開いた。
「颯くーん!」
明るい声が教室いっぱいに響く。
全員がそちらを振り向くより早く、颯真が立ち上がった。
「美羽」
ドアのところに立っていたのは、軽く巻いた茶髪に控えめなネイルをした女子だった。ギャルらしい華やかさはあるが、派手すぎない。
制服のリボンをゆるく結び、スカートの丈をほんの少し短くしたりと、ポイントでお洒落を演出している。
「来たのか」
「うん、早速ご挨拶しとこうと思って」
そう言って颯真の隣に並び、こちらに向かって歩いてくる。
俺の席の前に来ていた陽菜が、それに気づいてぱっと顔を上げた。
「美羽ちゃん! おひさー。今日はどうしたの?」
「ちょっとご挨拶にね。昨日、颯くんに聞いたの。“夢中探し部”に仲間入りさせてもらえるって」
陽菜が嬉しそうに目を輝かせる。
「あ、その件ね! 私は大歓迎だよ!」
そのやり取りを横で聞いていた俺に、美羽の視線がすっと向いた。目が合った瞬間、にっこりと笑みを浮かべる。
「それで、リーダーの秀才くん。私も入れてもらえると嬉しいんだけど」
「……その呼び方はやめてくれ。恥ずかしいから」
「あはは、ごめんね佐原君。でも、テストでいつも上位にいるでしょ? すごいなと思って」
「木崎さんだって同じくらいの位置にいるだろ」
「うーん、それはね、“いい成績取ってれば多少おしゃれしても見逃される”っていう生存戦略なの」
そう言って、ぺろりと舌を出す。
……なんというか、抜け目がないな。
「まあ別に、入るのは全然構わないけど。基準とかあるわけでもないし、ゆるい集まりだしな」
「ありがとっ」
美羽は嬉しそうにガッツポーズをしてみせると、隣の席の朝霧さんへ視線を移した。
「それで——あなたが朝霧さん? 颯くんから話は聞いてるよ。初めまして!」
差し出された手を見て、朝霧さんは一瞬だけ驚いたように瞬きをした。
けれど、すぐに立ち上がって柔らかい笑みを浮かべる。
「初めまして。朝霧澄玲です。よろしくお願いします」
その丁寧な挨拶に、美羽は「うん、思ってた通りの雰囲気!」と声を弾ませた。
「噂どおり、おしとやかで綺麗な子だね」
「でしょー! 澄玲ちゃん、すっごくいい子なんだよ!」
「ふふ、わかる気がする」
「そ、そんなことは……」
三人の会話が自然に弾み、教室の一角が華やかになる。
俺と颯真は少し離れた場所から、その様子を見守っていた。
「とりあえず問題なさそうだな」
「まあ、美羽なら大丈夫だろ」
「惚気るなよ」
「たまにはいいだろ?」
颯真の笑顔に、俺も苦笑で返す。
(あとは乃亜か。夜にでもみんなで通話してみるか)
楽しそうに笑う女子たちを眺めながら、そんなことを思った。
* * *
夜。
スマホの画面には、『夢中探し部』のグループチャット通知が次々と流れていた。
画面のメンバー欄には、新しく加わった名前が一つ。
——木崎美羽。
美羽:初めまして~。美羽です。みなさんよろしくね☆
澄玲:よろしくお願いします。
陽菜:これで6人だね! にぎやかになってきた〜!
颯真:女子率が上がっていくな。
乃亜:もしかして颯真くん、それが目的……?
美羽:颯くん……?
颯真:いや、ちがっ! というか入れたの悠斗だろ!
悠斗:こっちに振るな。
画面越しにやり取りを眺めながら、思わず笑ってしまう。
そのまま文字だけで話していてもよかったが、ふと昼間考えたことを思いだした。
悠斗:せっかくだし、ボイス通話でもしないか? 新メンバーいるし。
数秒の間を置いて、すぐに返信が返ってくる。
陽菜:さんせー!
颯真:俺はいいぞ。
美羽:もちろん♡ 初通話だし、緊張する〜。
澄玲:私も大丈夫です。よろしくお願いします。
乃亜:参加するー!
メンバーの返答を確認し、俺は通話ボタンを押した。
イヤホン越しに次々と『こんばんは〜』という声が重なる。
『声、ちゃんと入ってるか? 聞こえる?』
俺が確認すると、陽菜が弾んだ声で答える。
『聞こえてるよー!』
全員の声が揃ったのを確認したところで、陽菜が軽く咳払いをして、司会のように口を開いた。
『じゃ、改めて——美羽ちゃん、ようこそ“夢中探し部”へ!』
『木崎美羽です! みんな、よろしくね!』
明るく通る声がイヤホンを通して部屋に広がる。初対面の乃亜が少し緊張した調子で続けた。
『初めまして。私は九条乃亜です。木崎先輩、でいいですか?』
『美羽先輩でもいいよ! こっちは乃亜ちゃんでいいかな? 颯くんから話は聞いてるよ!』
『大丈夫です、じゃあ美羽先輩で。話……? 颯真くん、変なこと言ってませんよね?』
少し警戒気味の声に、颯真が慌てた様子で返す。
『言ってない言ってない!』
その直後、木崎さんが悪戯っぽく笑いながら言葉を挟んだ。
『“佐原君にべったり”って言ってたよ!』
『あー、まあそれなら……事実ですし』
『良いのかよ、それ』
俺がすかさず突っ込むと、陽菜と朝霧さんが笑いながら会話に加わった。
『ふふ、仲良しさんなのは本当ですよね』
『だよねー』
その穏やかなやり取りに、思わず苦笑いが漏れる。画面の向こうでも、みんなが笑っている気がした。
少し間を置いて、陽菜が手を打つ音が聞こえる。
『そうだ! せっかく新メンバーも加わったことだし、週末になんかやらない?』
『おっ、いいね! もうすぐテストだし、今のうちに息抜きしときたいかも!』
木崎さんの声が軽やかに響く。
『何する? 日曜なら部活もないぞ』
颯真の提案に、陽菜と朝霧さんが続けて意見を出した。
『最初だし、無難にご飯とかどう? みんなの顔合わせも兼ねてさ』
『私も賛成です。ゆっくり話せる場所がいいですね』
少しの沈黙のあと、乃亜が控えめに口を開く。
『じゃあ、駅前のファミレスとかどうですか? あそこ、席も広いし』
『それいい! デザートもおいしいし、なにより安い!』
陽菜がすぐに乗ってくる。
そのまま話が続いたが、ある程度落ち着いたところで、俺がまとめに入った。
『じゃあ日曜の昼に、駅前のファミレスってことでいいか?』
『オッケー!』
『了解です!』
全員の返事が重なり、通話の空気が一気に和らいだ。軽い笑い声のあと、ゆったりとした静けさが戻る。
時計を見ると、もうすぐ二十二時。
そろそろ解散の流れになったとき、木崎さんがふと呟く。
『なんか新鮮。こうやって集まって話すの。——ちょっと楽しみになってきたかも』
『うん。私も楽しみ! 当日はよろしくね!』
陽菜の明るい声に続いて、他のメンバーも次々に「ですね」「楽しみ!」と応じる。
その空気がどこか心地よくて、俺は通話を切ったあともしばらくイヤホンを外せなかった。
週末が、少しだけ待ち遠しく感じた。




