第30話「休日は体感3倍速で過ぎていく」
カーテンの隙間から射し込む朝の日差しが、白い壁をやわらかく照らしていた。
枕元のスマホを手に取り、画面をのぞく。時刻は十時を少し回っていた。
連休も折り返し。外は驚くほど静かで、通りを走る車の音すらあまり聞こえない。
天井をぼんやり眺めながら、俺は片手で髪をかき上げる。
「……休みだからって、ちょっと寝すぎたな」
あの賑やかだった小旅行から数日。あれが嘘のように、今日も静かだった。
布団から体を起こし、寝癖を手ぐしで直しながら洗面所へ向かう。
冷たい水で顔を洗うと、ようやく頭のもやが晴れていく。
リビングで母さんが作ってくれた朝食を食べ、食後にコーヒーを淹れて一息つく。
「さて……今日は何をしようかな」
湯気越しにカップを見つめながら、自然と独り言が漏れる。今日も特に予定はない。
ぼんやりと部屋に戻ると、隅に置かれたダンベルが視界に入った。
「……まあ、いつも通りでいいか」
軽く肩を回し、準備運動を始める。
静かな部屋の中で、関節が鳴る音だけが響いた。
* * *
ダンベルを持ち上げ、一定のリズムで腕を動かす。次は腹筋、そしてスクワット。
もはや考えなくても体が勝手に動く。サッカーをやめてからも、こうして体を動かさないと落ち着かない──いつのまにか、日課になっていた。
ひととおり終えると、軽く息を整えてシャワーを浴びる。少しぬるめの温度が、火照った体にちょうどよかった。
流れる水音に包まれながら、体も心も落ち着いていく。
タオルで髪を拭きつつ机に向かい、次は学校の課題を広げる。
しばらくは黙々と手を動かしていたが、やがてペン先が止まった。
気分転換のつもりでスマホを手に取り、SNSを開く。
幼馴染たちの投稿には、部活の写真、帰省先での風景、仲間との集合ショット。
どの画面も楽しそうで、明るい色が溢れていた。
「……みんな、楽しそうだな」
独り言のように呟き、小さく笑う。
それからもう一度ノートを開いてみるが、やはり集中は続かず、だらだらと時間だけが過ぎていった。
* * *
課題を片付けながら時間を潰していたが、思っていたよりも早く終わってしまった。
毎日コツコツ進めていたのが効いたらしい。時計を見ると、まだ十五時。
俺はノートを閉じて大きく伸びをした。
「……さて、また暇になったな」
静かな部屋でそんな独り言が漏れる。
「ゲームでもするか」
立ち上がってパソコンの電源を入れ、マウスを握る。
画面が明るくなり、コミュニケーションアプリを開くと――「Mist」のアイコンがオンラインになっていた。
「お、ちょうどいい」
軽く笑ってキーボードを叩く。
RAY:いま暇? なにかやらね?
Mist:いいね!
返信はすぐに届いた。どうやら向こうもGWの暇人仲間らしい。
俺はヘッドセットをつけ、ボイスチャットを繋げる。
『おつかれ』
『おつかれ。ちょうどなんかしようと思ってたんだ。グッドタイミング』
『それは助かる。暇すぎて課題やってたけど、終わっちゃってさ』
『わかる。俺もそんな感じ』
軽い会話を交わしながら、何をやるか相談する。結局、いつものFPSに落ち着いた。
同じ部屋に入り、ロードが終わるのを待つ間にもゆるい会話が続く。
『連休、どっか行った?』
『前半は友達と出かけたけど、それ以外はずっと家。あ、そっち行ったぞ』
『ナイス、仕留めた。俺も似たようなもんだ。筋トレと勉強とゲームしかしてない』
『インドア仲間だな』
Mistが少し笑ったのがスピーカー越しに聞こえる。
ゲームに集中している間は言葉が途切れるが、気まずさはない。
敵の位置を報告し合い、終わればまた軽く雑談を挟む。そんな調子でプレイを続けているうちに、いつの間にか外は暗くなっていた。
『そろそろ飯にするか。また夜やろうぜ』
『OK』
ログアウトする前に、ふと思いついて尋ねる。
『Mist、このあともGWの予定ないのか?』
『あー、基本ないかな。ただ最終日だけ親がどこかに連れてってくれるみたい』
『なるほど。じゃあしばらく昼間も時間合わせて遊ばないか』
『おっけー。今日と同じくらいでいい?』
『ああ、それで』
『了解。じゃあまたあとで』
『おう』
通話を切ると、部屋が再び静まり返った。
モニターに映る自分のアイコンを見ながら、思わず小さく笑う。
「明日からは少しは暇がつぶせそうだ」
* * *
それからの数日、俺とMistは毎日ゲームをして過ごした。
朝は自習と筋トレ、午後から夜はMistとのオンライン。
我ながらインドアすぎる生活だが、やることがない以上どうしようもない。
話す内容も他愛もない。
ゲームの話題や、日常の雑談、休み明けがだるいという愚痴。
でも、誰かと声を交わす時間がある――それだけで、思っていたより退屈しなかった。
そして気づけば、連休も終わりに近づいていた。
ゴールデンウィーク最終日前の夜。
いつものように「おやすみ」と言い合い、Mistとのボイスチャットを切る。
パソコンの電源を落とすと、急に部屋が静かになった。
「……結局、今年のGWはずっとゲームしてたな」
独り言のように呟いて、思わず小さく笑う。
ただ、初日に行った善光寺。あの時のみんなの笑顔がふと脳裏をよぎる。
結局、ほとんど引きこもっていたけれど――総合的には悪くない休みだった。
明日はMistも家族と出かけるらしいし、最終日は思いきりだらけるか。
そう思ってベッドに腰を下ろしたとき、スマホが軽く震えた。
画面を見ると、陽菜からのRINEだった。
「……あいつ、こんな時間に?」
少し眉をひそめながら通知を開く。
陽菜:明日試合だから暇なら応援きて!!
陽菜:朝9時からだからね! よろしく! じゃあおやすみ!
勢いそのままに投げつけたようなメッセージに、思わずため息が漏れる。
「……前日の夜に言うなよ。しかも朝からかよ」
とはいえ、特に予定もないのは事実だ。俺は苦笑しながら返信を打つ。
悠斗:いけたら行くわ。
「いけたら行く」なんて実際は行かないやつの常套句だな――なんて思いながら、スマホを伏せた。
ベッドに背を預け、天井を見上げる。
しばらくしてまぶたが重くなり、意識が静かに沈んでいく。
(……まあ、たまには幼馴染が頑張ってる姿、見に行ってやるか)
そんなことをぼんやりと思いながら、眠りに落ちた。




