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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第28話「連休、小さな旅③」

 気づけば上田駅に到着し、俺たちは駅前で今日を名残惜しむように立ち話をしていた。


 夕暮れの光が街全体をオレンジ色に染め、楽しい一日の終わりを告げている。


「いや〜、楽しかったね〜!」


「はい、本当に」


 陽菜が大きく伸びをして、満足そうに息を吐いた。


 朝霧さんも柔らかく頷き、隣では乃亜が両手を組んで空を見上げている。


「スイーツも美味しかったし、歩き疲れたけど最高だった〜」


「次はどこ行こっか?」


「おいおい、もう次の話かよ」


 気の早い陽菜に、颯真が苦笑を漏らす。


「いいじゃん。旅って、計画してるときが一番ワクワクするんだよ?」


「……まあ、言いたいことは分かる」


 俺が肩をすくめて答えると、陽菜は得意げに胸を張った。


「でしょ? じゃあ次は――」


「はいはい、もう少し落ち着けって」


 颯真が片手をひらひらさせて制する。その様子にみんなが笑い、和やかな空気が流れた。


「皆さん、今日は本当にありがとうございました」


 朝霧さんが少し前に出て、丁寧にお辞儀をする。その姿に、自然と俺たちも笑顔で応えた。


「楽しんでもらえたなら何よりだな」


 颯真が満足げに頷く。


「ほんと、今日はいい一日だったね」


「うん……なんか、終わっちゃうのが少し寂しいな」


 乃亜がぽつりとつぶやき、陽菜がその肩を軽く叩く。


「また行けばいいじゃん! 夏休みとかさ!」


「……そうだな。満足するまで何度でもやろう。夏なら海とかキャンプとかもいいな」


 湿りかけた空気を和ませるように俺が言うと、みんなの顔がぱっと明るくなった。


「お、それ最高!」


「澄玲ちゃんも行くでしょ?」


「え? あ……もちろん。誘っていただけるなら」


 少し驚いたように目を瞬かせる朝霧さんに、陽菜が笑顔で言った。


「当たり前じゃん! 夢中探し部の仲間なんだから!」


 その言葉に、朝霧さんも嬉しそうに頷く。


「夏なら、日傘は必須だね」


「お兄ちゃん、ちゃんと日焼け止め塗るんだよ」


「めんどくさいんだよな……」


「だめ! モテ肌は努力からだよ!」


 陽菜の説教じみた言葉に、みんなが吹き出す。


「じゃ、そろそろ解散だな。結構いい時間だし」


「うわ、ほんとだ!」


 颯真の一言に、陽菜が慌ててスマホを取り出して時刻を確認する。

 

 それを合図に、俺たちはそれぞれ帰路につく準備を始めた。


 朝霧さんは逆方向のため、ここでお別れだ。


「じゃあ、またね澄玲ちゃん!」


「週明け、学校で」


「はい。お疲れさまでした」


 最後にもう一度笑顔を交わし、手を振って別れる。

 

 そのまま颯真と並んで歩き出すと、前では陽菜と乃亜が楽しそうに話していた。


「……なんかさ、こうしてまた次の予定ができるって、いいよな」


 自分でも気づかないほど小さく呟いた。その言葉に颯真が横目で笑う。


「まあ、悪くないよな。青春っぽい」


「なんだよ、それ」


 駅前の喧騒が遠ざかるなか、俺たちは冗談を交わしながら帰路についた。


 * * *

 

 家までの道を、乃亜と並んで歩く。

 

 颯真と陽菜とは途中で別れ、今は二人きりだった。


 さっきまでの賑やかさが嘘のように、街は穏やかで静かだ。

 

 遠くで聞こえる電車の音が、ほんの少しだけ現実に引き戻してくる。


「楽しかったねぇ〜」


 乃亜がぽけっとした顔であくびをかみ殺す。肩にかけたバッグがゆらゆら揺れていて、眠気を隠しきれていない。


「なんか、みんなと別れた後のこのタイミングって、ちょっと寂しいよね」


「……まあ、確かに」


 昼間の喧騒が遠い夢みたいで、いまはその余韻だけが残っている。そんな感覚を、言葉にしなくてもお互い感じ取っていた。


「お兄ちゃんが楽しそうだったから、乃亜も嬉しかったよ」


「なんだそりゃ」


「だって……ううん、何でもない。とにかくまた誘ってね」


 乃亜はそう言って、小さく笑う。つま先で小石を転がしながら歩く姿が、街灯の光に照らされてやけに幼く見えた。


 家の前に着くと、乃亜はふにゃりと笑って「おやすみ!」と手を振る。

 

 その後ろ姿が玄関の中に消えるまで見送ってから、俺は小さく息を吐いた。


 * * *


 家に帰ると、リビングの明かりが柔らかく灯っていた。

 

 キッチンから漂うだしの香りと味噌汁の湯気。母さんもさすがにGWは仕事が休みらしく、久々に夕飯を作ってくれていた。


「おかえり。どうだった? 楽しめた?」


「ただいま。……楽しかったよ」


 靴を脱ぎながら答え、テーブルに並んだ料理を見て小さく笑う。

 

 焼き魚に冷ややっこ、サラダにお味噌汁――派手さはないが、馴染みのある家庭の味だった。


 自炊をするようになってから、誰かが作ってくれる食事のありがたみを本当の意味で知った気がする。


「おいしかったよ、ごちそうさま」


「はいよ。食器、シンクに入れといてね」


「了解」


 そんなやり取りをして片付けを済ませた後、シャワーを浴び、湯船にゆっくりと身を沈めた。

 

 湯気の中で足を伸ばすと、思っていたよりも全身が重く、今日一日の疲れがじわじわと溶けていくのを感じる。


 風呂上がりの体をタオルで拭きながら部屋に戻り、ベッドにそのまま倒れ込んだ。

 

 シーツのひんやりとした感触が気持ちいい。


 ――このまま寝てしまってもいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、枕元のスマホが小さく震えた。


 画面を見ると、夢中探し部のRINEグループに未読がいくつも溜まっている。


 開いてみると、みんながチャットしながら今日撮った写真を次々とアルバムに追加していた。


 行きの電車の写真、善光寺の集合写真、アップルパイを頬張る姿。


 ふざけ合う陽菜と乃亜の変顔まであって、どれも笑顔に満ちている。


 画面を眺めているだけで、自然と頬が緩んだ。


 しかし、スクロールを進めたところで見慣れない一枚が目に入る。


 ――電車の中。


 眠る朝霧さんが、俺の肩にもたれかかっている。その隣で、俺も穏やかな顔で目を閉じていた。


 撮影者は、どう考えても颯真だ。


(あいつ……余計なことを)


 見方によってはまるでカップルみたいで、思わずスマホを持つ手が止まった。


 気恥ずかしさを誤魔化すように、チャット画面へと切り替える。

 

 だがちょうどその写真についてのやり取りが、盛り上がっている最中だった。


 陽菜:悠斗と澄玲ちゃんの写真、颯ちゃんが撮ったの?

 颯真:ああ。我ながらいい仕事だろ?

 乃亜:朝霧先輩ずるい! お兄ちゃんの肩、安くないよ!?

 朝霧:!? そ、それは……すみません、気づいたら寝てしまっていて……!

 颯真:悠斗、見てるんだろ? 既読ついてるぞ。何か言えよ。


 俺は返信を打つ手を止めたまま固まる。

 

 何を返してもいじられる未来しか見えない。


 その間にもチャットは止まらず、スタンプや新しい写真でどんどん埋まっていく。

 

 しばらく考えたあと、俺は考えるのを諦めた。明日になれば、この騒ぎも落ち着くだろう。


 スマホを伏せ、天井を見上げる。今日の出来事が一気に頭をよぎり、心地よい疲れが体に広がっていく。


「……次も、何かできるといいな」


 らしくもない独り言が、静かな部屋に溶けた。

 

 まぶたがゆっくりと重くなる。


 そのまま俺は眠りに落ちた。


 ――今日の記憶が、そのまま夢の続きになるようだった。

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