第26話「連休、小さな旅①」
先日の打ち合わせから、もう二週間が経っていた。
気づけばゴールデンウィークが目前――そう思っていたら、あっという間に当日を迎えていた。
昨日までの授業の疲れもどこかへ消え、朝から気持ちが少し浮ついていた。
普段よりも早く目が覚めてしまい、まだ静かな部屋の中でスマホを手に取る。
すると夢中探し部のグループチャットは、すでに賑やかに動いていた。
陽菜:おはよー! 早く起きちゃった!
颯真:まだ七時だぞ……落ち着け
乃亜:乃亜も起きた! お兄ちゃん、ちゃんと起きてる? 後で迎えに行くねー!
悠斗:起きてる。今、準備中。了解。
澄玲:おはようございます。いい天気でよかったです。
集合は十時なのに、みんなすでに準備万端で、まるで修学旅行の朝みたいだ。
画面越しのやりとりだけで、明るさが伝わってくる。
朝ごはんを食べ、少しだらだらしてから家を出る。
澄んだ空気が頬にあたって、春の名残を感じさせた。
「お兄ちゃん、おはよー!」
外に出た瞬間、少し先から乃亜の声が飛んでくる。
白いブラウスに淡い水色のスカート、レースの裾が揺れていた。
柔らかい色合いが乃亜らしく、元気で可愛い印象を引き立てている。
「ああ、おはよう」
「今日、楽しみだね!」
「そうだな。……あんまり混んでないといいけど」
「ね。人多いと乃亜、すぐ埋もれちゃうんだから。ちゃんと手、つないでてよ?」
いたずらっぽく笑いながら、乃亜が小さく手を振ってみせる。
「はいはい、迷子になるなよ」
「子供扱いは禁止!」
そんな他愛ないやり取りをしながら、二人並んで駅へ向かった。
四月初めの肌寒さもすっかり和らぎ、少し歩くだけでぽかぽかと温もりを感じる――まさに、旅日和の朝だった。
駅前に着くと、すでに三人が集まっていた。
休日の駅は通勤の喧騒がなく、代わりにGW初日の明るいざわめきが広がっている。
「おー、悠斗! おっそーい!」
陽菜が手を大きく振りながら駆け寄ってきた。
白のパーカーにデニムスカート、薄いピンクのスニーカー。明るい色の組み合わせがよく似合っている。
「集合時間、まだ過ぎてないだろ」
「十五分前行動は基本でしょ! あたし一番乗りだったんだよ! ね、颯ちゃん?」
「そんなの初めて聞いたぞ……」
「まあ、陽菜にしては早かったな」
俺が思わずツッコミを入れると、颯真は苦笑しながら頭をかいた。
黒のカーディガンに淡いグレーのシャツというシンプルな服装なのに、清潔感と落ち着いた雰囲気があって、派手じゃないのに自然と目を引く。
そして、その後ろには朝霧さんがいた。
薄いベージュのロングカーディガンに、落ち着いたワンピース。飾り気はないけれど、静かな優しさが漂っていて――彼女らしい雰囲気だった。
「おはようございます、佐原くん」
「おはよう。……朝霧さんも早いんだな」
「楽しみにしてましたから」
その言葉とともに浮かべた笑顔が柔らかくて、見ているだけで心が穏やかになる。
(……みんな、私服に個性出てるな)
思わずそんなことを考える。
いつも見慣れているはずのみんなが、どこか新鮮に見えた。
休日ならではの解放感。
「じゃ、改札行こっか! 電車逃したら次三十分後だよ!」
陽菜が張り切って先頭に立つ。
「転ぶなよー」
颯真が笑いながら荷物を肩にかけ、乃亜が小走りでその後を追いかける。
「一本逃すとそんなに待つんですか!?」
朝霧さんが少し驚いたように言いながら、静かに歩き出した。
俺もゆっくりと一歩踏み出し、小さく息を吐く。朝の光が駅前を照らし、仲間の笑い声が風に混ざっていく。
これから始まる一日への期待が、胸の奥で静かに膨らんでいった。
* * *
駅の階段を上り、切符売り場へ向かう。
「長野まで、五人分まとめて買うな」
そう言いながら券売機を操作し、購入した切符を一人ずつに手渡す。
改札口に向かうと、駅員さんが手で切符を受け取っては切り、リズムよく返してくれた。
「わあ……ここ、手動なんですね」
朝霧さんが少し驚いたように声を上げる。黒髪が肩のあたりで揺れ、興味深そうに改札の動きを目で追っていた。
「ああ、このあたりはまだ自動じゃない駅も多いんだ」
俺が説明すると、陽菜がすかさず得意げに頷く。
「そうそう! ちょっと先に行くと無人駅とかもあるんだよ!」
「無人駅……?」
「うん。改札すらなくて、切符を箱に入れるだけなの!」
「へぇ……そんなところもあるんですね。ちゃんと成り立ってるのがすごいです」
感心したように朝霧さんが微笑む。
「まあ、利用客も都会ほど多くないし。主要駅には駅員さんがいるから大丈夫なんじゃないか?」
「なるほど……」
朝霧さんは小さく頷き、再び改札を見やった。
好奇心に満ちた横顔は、どこか子どものようで――見ているこちらまで気が緩む。
全員が改札を抜け、階段を降りてホームへ。しばらくすると、風を切る音とともに電車が滑り込んできた。
GWらしく乗客は多いが、運よくボックス席が二つ並んで空いている。
「お、ここ空いてるな」
颯真の声に、みんながうなずく。
「乃亜はお兄ちゃんの隣~」
乃亜はすかさず俺の隣に腰を下ろし、当然のような顔で満足げに笑った。
向かいの席には朝霧さん。もう一つのボックス席には、陽菜と颯真が並ぶ。
陽菜は椅子越しに身を乗り出し、テンション高めに話しかけた。
「ねえねえ、澄玲ちゃん! 行きたいとこ決まってる?」
「少し調べてみたんですけど……善光寺の前の仲見世通りというところのスイーツは美味しそうでした。あとは、お蕎麦を食べてみたいです」
「おお、ちゃんと予習してる! えらい!」
陽菜がぱっと明るく笑い、手を叩く。
「蕎麦か……いいよな」
窓の外を見ながら、颯真が落ち着いた声で頷いた。
「颯ちゃん、お蕎麦好きだねえ」
「食は旅の基本だろ」
「まあ、分かるけどさ!」
陽菜が笑いながら肘で軽く突き、颯真が「お前も同類だろ」と苦笑する。
そんな掛け合いに、車内の空気がふっと柔らかくなった。
「お兄ちゃん、見て見て! 山、すっごくきれい!」
乃亜が俺の袖を引っ張って、窓の外を指差す。春の名残を残した山肌の上に、若葉の緑がまぶしく広がっていた。
「ああ、天気も最高だな」
「写真撮ってもいい?」
「いいけど、顔は出すなよ」
「もー、分かってるってば」
乃亜が笑いながらカメラを構え、数枚シャッターを切る。
その後、ふと思いついたように声を上げた。
「ねえ、せっかくだからみんなで撮ろ!」
「賛成! ほら颯ちゃん、こっち顔出して!」
「はいはい」
陽菜がノリノリで立ち上がり、颯真が苦笑しながら応じる。
朝霧さんは少し戸惑いながらも、俺たちの方へ体を寄せてきた。
「お兄ちゃん、もっと笑って。朝霧先輩、もう少し近づいてください」
「わかりました」
朝霧さんが素直に一歩寄る。髪の香りが一瞬だけふわりと流れ、胸の鼓動がわずかに跳ねた。
その瞬間、正面の乃亜と陽菜がちらりとこちらを見た気がした。
からかわれる前に、俺は視線を窓の外に逃がす。
「撮るよー。はい、チーズ!」
カシャッ、とシャッター音が響く。
「オッケー撮れた! RINEに共有するね!」
「ありがと乃亜ちゃん! あ、せっかくだしアルバム作ろっか!」
「いいですね。私も撮ったら入れておきます」
陽菜の提案に全員が頷き、アルバムに早速、写真が追加されていく。
車内には笑い声と、ガタンゴトン、という一定のリズムが心地よく響いていた。
窓の外の風景はゆっくりと流れ、日差しが膝の上を温かく包み込む。
(――旅の始まりは、上々だな)
そんな思いを胸に、俺は楽しげに話す仲間たちを眺めた。
* * *
電車に揺られて四十分ほど。
ゆるやかな減速とともに、車内アナウンスが流れる。
「まもなく、終点・長野――長野です」
ブレーキ音が止み、ドアが開いた。
外に出た瞬間、肌を撫でた空気が少し違う。澄んだ風に、街特有の香りが混じっていた。
俺たちは人の流れに合わせて改札を抜ける。
「やっぱ、上田に比べると大きいな」
颯真が感心したように見上げた。
ガラス張りの駅舎に朝の光が差し込み、広い構内が明るく照らされている。隣の駅ビルには大型商業施設が入っていて、ここだけでもしばらく遊べそうだ。
連休のせいか、行き交う人々の足取りもどこか弾んで見える。
「わあ、初めて来ましたが、いろいろありますね」
「ね、けっこう都会でしょ? ……まあ、ほんとの都会には敵わないけどね!」
朝霧さんの感想に、陽菜がくるりと回りながら笑って答える。
「おしゃれなカフェとかありそう!」
「早速それか」
思わず苦笑すると、陽菜は「当然!」と胸を張った。
「お兄ちゃん、お腹すいたー」
乃亜が俺の腕を引っ張る。
「まだ着いたばっかりだぞ」
「ちょっとだけ! ね?」
「まあ……軽くならいいか」
「なんか悠斗、乃亜ちゃんに甘くない?」
ジトっとした目で陽菜に見られ、俺は思わず視線を逸らす。
「と、とりあえず駅ビル散策しようぜ」
話題を切り替えるように言うと、みんなで軽く食べられそうなものを探し始めた。
「お、ビアパパのシュークリームあるぞ」
「おやき食べたーい」
「三十一アイスもあるよ!!」
「パン屋さんもありますよ」
それぞれ好きなものを口にして盛り上がる。
「流石に全部食べたら動けなくなるわ」
俺は苦笑しながら突っ込んだ。
相談の結果、結局おやきを買うことに決まる。
「おやき、初めて食べます! どんな食べ物なんでしょうか」
「具を小麦粉の生地で包んで蒸したお饅頭、みたいな?」
「なるほど……。いろいろ味もあるみたいですね」
俺が軽く説明すると、朝霧さんが看板を見上げながら唸る。
「俺のおすすめは野沢菜。長野といえばこれだな」
「私は切干大根! シャキシャキして美味しいよ」
「乃亜は甘いの食べたいから餡子でー」
俺、陽菜、乃亜がそれぞれおすすめを紹介する。
颯真は真剣な顔で「どれも捨てがたいな……」と悩んでいた。
「全部美味しそうで迷いますが……せっかくなので、ここは野沢菜にします」
おやきを買った俺たちはベンチに腰を下ろして小休憩を取る。
周囲では観光客の笑い声やバスのアナウンスが入り混じり、休日らしい活気が広がっていた。
「野沢菜、美味しいです!」
朝霧さんが嬉しそうに頬をほころばせる。
「だろ?」
「澄玲ちゃん、切干も食べてみて! シェアしよ!」
陽菜がおやきを半分に割って差し出す。それを見た乃亜も真似して、女子三人で味比べが始まった。
その和やかな光景を横目に、俺と颯真は移動方法を相談する。
「善光寺まではここから歩いて二十分くらいだな。電車でも近くまで行けるけど」
「天気いいし、歩きでいいんじゃないか?」
スマホでマップを見ながらつぶやくと、颯真が歩きを提案する。
「賛成! 街並み見ながら行こ!」
陽菜がおやきを頬張ったまま手を挙げた。
最終的には全員一致で“徒歩ルート”に決定。
「というわけで悠斗、道案内よろしく」
「え、俺?」
「ほら、ちょうどマップ開いてるし」
「無責任な指名だな……。まあ、ほぼ一本道だぞ」
「ふふ、なんだか遠足みたいで楽しいですね」
朝霧さんの柔らかな声に、みんなの表情が自然とほころぶ。
「確かに。リュックでも背負ってたら完全に小学生だな。特に陽菜」
颯真が茶化すと、陽菜が頬をふくらませた。
「えー! ひどい。てか、乃亜ちゃんより身長高いし!」
「乃亜は雰囲気が大人なの」
「なにそれ!」
年下と張り合う陽菜を見て、みんなが吹き出す。笑い声が駅前の喧騒に溶けていく。
「ほら、そろそろ行くぞ」
なかなか動き出さない友人たちに、本当に引率の先生になった気分で声をかけた。
「「「「はーい!」」」」
全員の返事が揃い、その瞬間、また自然と笑いがこぼれた。




