第24話「今のままで、いいよね」
――宮坂陽菜 視点
モールを出てみんなと別れた後、自宅へ向かう道をひとり歩く。
街の明かりがぽつぽつと灯り始め、昼間の喧騒が少しずつ夜の静けさに変わっていく。
「……楽しかったなあ」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。今日はいろんなことがあった。
澄玲ちゃんや悠斗とのゆったりとしたやり取り、乃亜ちゃんの突然の乱入、みんなで笑ったあの空気。思い返すだけで、頬がゆるむ。
――それでも、胸の奥が少しだけざわついていた。
なんだろう。楽しかったはずなのに、少しだけ切ない。
澄玲ちゃんや乃亜ちゃんが悠斗と楽しそうに笑うたび、心のどこかがちくりと痛んだ。
もちろん、そんなの変だってわかってる。みんな友達で、今日みたいに笑っていられる時間がいちばん大事で――。
夕暮れの風が、熱を帯びた頬をすっと撫でていく。
遠くの道路を走る車のライトが、歩道に反射して流れていった。
「……たぶん、私がいちばん嬉しかったのは」
言葉を切りながら、手に下げたショッピングバッグを見下ろす。
中には、悠斗がUFOキャッチャーで取ってくれた犬のぬいぐるみ。
「悠斗が、楽しそうだったってこと、なんだろうな」
口にしてみると、少しだけ胸の奥が軽くなった気がした。
彼が笑っていられるなら、それでいい。――たとえ、その隣に私がいなくても。それが一番いい。
沈みかけた夕陽の色が、ゆっくりと夜に溶けていく。そのグラデーションを見上げながら、私はもう一度、小さく息を吐いた。
* * *
街灯が並ぶ通りを、私は一人で歩いていた。
淡いオレンジの光が舗道を照らし、アスファルトに落ちる自分の影がゆらゆらと揺れる。
足音だけが一定のリズムを刻み、その響きが――ふと、小学生の頃の記憶を呼び覚ました。
――あの頃は、私と颯ちゃんと悠斗の三人で、いつも一緒だった。
放課後の公園。ランドセルをベンチに放り出して、鬼ごっこやバドミントンをして、暗くなるまで遊んで。
悠斗は昔から優しくて、ちょっと抜けてて、でもいざというときは一番頼れる存在だった。
私が転んで泣いたときも、颯ちゃんと喧嘩して拗ねて帰ろうとしたときも、いつも間に入ってくれて。
小さな背中だったのに、不思議と“頼もしさ”があった。
あの頃の私は、そんな悠斗をずっと追いかけていたのかもしれない。
乃亜ちゃんを紹介されたのは、たしか少し経ってからだった。
最初は少し生意気で、でもすぐに打ち解けて――あの子は昔から悠斗にべったりだった。公園でも、駄菓子屋でも、気づけば悠斗の隣にいる。
私はその後ろで笑っていたけど、ほんの少しだけ、実は羨ましかった。
……でも、そんな自分を認めたくなくて。
「別にいいじゃん」って笑って、何でもないふうを装っていた。
「悠斗が怪我でサッカーをやめたのは、ショックだったなぁ」
つい独り言のように呟いてしまう。
サッカーをしているときの悠斗は、本当に生き生きしていた。
ボールを追う横顔が、誰よりもまっすぐで――かっこよかった。
でも怪我で離脱してからは、少しずつ元気がなくなっていった気がする。
私なりに声をかけたり、一緒に帰ったりしていたけど……多分、あの頃の私は、彼にどう接すればいいのか分からなかったんだと思う。
意識しすぎて、自然に話すことが難しくなって。気づけば、少し距離ができていた。
それでも「まあ、成長すればこんなもんか」なんて自分に言い聞かせていた。
――けれど、高校に入ってからの悠斗は、少しずつあの頃の彼に戻り始めている気がした。
笑顔が増えて、前よりも柔らかくなって。悠斗も心の中で消化できて来たのかもしれない、なんて。
最近はそこに澄玲ちゃんも加わって、その傾向が顕著になった気がする。
澄玲ちゃんは優しくて、落ち着いていて、誰とでも穏やかに話せる。私も好きなタイプの子だ。友達として、一緒にいて心地いい。
……でも、ふと考えてしまう。
これからも、私は悠斗の隣にいられるのかな。あの頃みたいに、自然に笑い合えるのかな。
嬉しさと寂しさが胸の奥で溶け合って、どちらが本音なのか分からなくなる。
歩くたびに、靴の底がアスファルトを叩く音がやけに響いた。
「……大丈夫。今のままでいいよね」
ぽつりと漏れた言葉は、夜風に紛れて消えていった。
本当は、自分の気持ちにとっくに気づいている。
でも、それを口にしたら――きっと、この関係は壊れてしまう。
だから私は、今日も“友達のまま”を選ぶ。壊したくないものがあるから。
そのまま小さく息をついて、街灯に照らされた帰り道を、静かに歩き続けた。
* * *
住宅街の角を抜けると、小さな公園が見えてきた。
私は何となく歩道から外れ、ベンチに腰を下ろした。
街灯がひとつ、ぽつんと灯っている。滑り台の影がゆっくりと長く伸び、誰もいないブランコが風に揺れた。
膝の上にトートバッグを置き、ファスナーを開ける。
指先が、柔らかな布の感触をとらえた。――ショッピングモールで悠斗が取ってくれた、あの犬のぬいぐるみだ。
掌からちょっとだけはみ出るくらいのサイズ。触れるとあのときの光景が鮮明に蘇る。
ゲーム機の前で真剣な顔をしていた悠斗。ボタンを押す指の動きまで、なぜか印象に残っている。
いつもは興味なさそうにしてるくせに、私が困ってるときだけ、あんなふうに優しくなる。
(……ほんと、ずるいなぁ)
そして、そんな優しさを、誰にでも向けられるところが、いちばんずるい。
ため息とも笑いともつかない息が漏れた。ぬいぐるみを両手で包みながら眺めていると、ポケットの中でスマホが震える。
取り出して画面を見ると、RINEの通知がひとつ。夢中探し部のグループからだった。
悠斗:GWあたりで、みんなでどこか行かないか?
たったそれだけのメッセージなのに、不思議と胸が高鳴る。
「ふふ……なんだかんだ、悠斗も楽しんでるじゃん」
思わず口元が緩む。悠斗が不愛想な顔で、こんな提案をしているところを想像したら、自然と笑みがこぼれた。
また、悠斗と一緒にいられる理由ができた。ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。
夜風が髪を揺らす。
私は群青の空を静かに見上げながら、胸の奥の小さな痛みごと、ぬいぐるみをそっと胸に抱き寄せた。




