第23話「出会いは偶然に②」
十分ほど歩くと、モールのガラス張りの入口が見えてきた。
夕方の光を受けて、建物全体がうっすら金色を帯びて輝いている。
「わあ……確かに大きいですね」
朝霧さんが感嘆の声を漏らす。
「この辺じゃ一番でかいかな。まあ、都会ほどじゃないだろうけど」
「いえ、都会はビルが多いですけど、こういう大きなショッピング施設は意外と少ないです」
「へぇ、そうなんだ。たしかに土地が狭いと、こういう広い建物は作れないもんな」
そんな他愛もない会話を交わしながら、自動ドアを抜けてモールの中へ入った。
明るい照明、軽快なBGM、そして人々のざわめきが一気に押し寄せてくる。
最初に立ち寄ったのは本屋だった。
新刊コーナーの前で陽菜が「あ、この漫画出てたんだ!」とはしゃぎ、朝霧さんは文芸コーナーで静かに文庫を手に取る。
次は雑貨屋。
陽菜が動物モチーフのキーホルダーを見つけて、「このうさぎ、澄玲ちゃんっぽくない?」と笑う。
朝霧さんは頬を少し染めながら、「……私にはちょっと可愛すぎます」と返し、陽菜が「そんなことないって!」と即座に返した。
そしてゲームセンター。
陽菜がUFOキャッチャーに挑戦してはあっさり失敗し、「もう一回!」と財布を取り出す姿に、思わず笑いがこぼれる。
結局、陽菜が取れなかった犬のぬいぐるみを俺が一発でゲットして渡すと、「ありがとう!」と満面の笑顔。
その子どもみたいな素直な反応に、こちらまで照れくさくなる。
そんなふうにあちこちを巡っているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
「そろそろ休憩しよっか」
陽菜の提案で、三人はフードコートの一角にあるカフェへ向かった。
注文を済ませ、トレーを持って席に着く。甘い香りと人の話し声が入り混じり、心地よいざわめきが漂っていた。
「このフラペチーノ、おいしい!」
陽菜がストローをくわえて満足そうに言う。
「甘くておいしいですね。いちごの酸味がいいバランスです」
陽菜と朝霧さんが頼んだのは、季節限定のいちごフラペチーノ。
俺はブラックコーヒーを一口すすりながら、二人の楽しそうな様子を眺めた。
「いやあ、歩いたねー」
「でも全部見きれてないですし、本当に広いですね」
「映画館とかもあるしな。今度は颯真も連れて、そっち行ってみるのもアリだ」
「いいね!」
「楽しそうです」
そんな和やかな会話を交わしながら休憩を終え、「もう少し見て回ろうか」と店を出たそのとき――。
背後から聞き慣れた声が響いた。
「あっ、お兄ちゃん!」
振り向くと、案の定、ツインテールを揺らした乃亜が笑顔で手を振っていた。
その隣には、同じ制服を着た女子が二人。おそらく友達だろう。
二言三言なにか話したかと思うと、乃亜はこちらへ駆けてくる。
「こんなとこで会うなんて、偶然だね!」
「乃亜、来てたのか。とりあえず離れろ。……友達はいいのか?」
自然に腕に抱きついてきた乃亜を軽く引き離すと、彼女はケロッとした顔で言った。
「うん! “お兄ちゃんと一緒に帰る”って言ってきた!」
乃亜の友達たちが「きゃー」と小さく騒いでいるのが聞こえる。
どう見ても誤解されている気がするが、説明する気にもなれず、とりあえず軽く頭を下げておいた。
「乃亜ちゃん、こんにちは」
陽菜が笑顔で声をかける。
「陽菜ちゃん! 一緒だったんだね」
「うん。今日は悠斗と一緒に街案内中だよ」
「街案内?」
首をかしげる乃亜。そのとき、やや戸惑い気味に朝霧さんが口を開く。
「あの……」
「ああ、ごめん。こいつは九条乃亜。前にも少し話したかもしれないけど、一つ下の幼なじみ」
「乃亜、こっちは朝霧澄玲さん。転校してきたばかりで、上田の街を案内してるんだ」
紹介すると、乃亜はにっこり笑いながら一歩前に出る。
「九条乃亜です。へぇ、あなたが例の転校生さんですか。……よろしくお願いしますね、朝霧先輩!」
少し含みのある言い方に、朝霧さんは戸惑いながらも微笑んだ。
「ええと、朝霧澄玲です。九条さん……でいいのかな?」
「名前の方が好きなので、乃亜って呼んでください」
「えっと、じゃあ……乃亜ちゃん?」
「はい!」
明るく返す乃亜。その笑顔の裏に、一瞬だけ探るような光がよぎった気がした。
(……相変わらず、人懐っこいようで鋭いな)
心の中で苦笑する。乃亜のこういうところは昔から変わらない。
「もう少し中を歩くけど、乃亜も来るか? 朝霧さんと陽菜も、いい?」
「お兄ちゃんについてく!」
「もちろん!」
「大丈夫です」
それぞれの返事が重なり、俺たちは新たなメンバーを加えて再び歩き出した。
* * *
とはいえ、特に目的があるわけでもなく、モールの中を話しながらゆっくりと歩く。
「乃亜ちゃんは佐原君といつ出会ったんですか?」
朝霧さんが興味深そうに尋ねる。
「んー、保育園のころですね。別に一緒の園だったわけじゃないんですけど、家が隣で親同士が仲良くて、自然とって感じです」
「わあ、それは長い付き合いですね」
「そうそう、乃亜ちゃんが実は一番悠斗と付き合い長いんだよね。颯ちゃんと私は小学校からだから」
「そう、私が最古参なのです!」
そう言って胸を張る乃亜。
「なんだそりゃ。まあ最初の頃はとんでもないわがままお嬢さまだったけどな」
それを見て俺が呆れながら突っ込む。
「あー! それは言うの禁止!」
慌てて俺の口を塞ごうとするが、身長が足りずぴょんぴょんしている。
「ふふ、乃亜ちゃんなんだか可愛いですね」
「ね、小動物的な可愛さがあるよね。悠斗にはほんとに懐いてるって感じ」
「陽菜ちゃんとも長いんですか?」
「悠斗にいつもくっついてたから自然とって感じかな。どちらかというと私的には幼馴染ってより悠斗の妹って感覚のが近いかも」
朝霧さんと陽菜が、俺と乃亜を見ながら笑い合っている。
「何の話?」
乃亜をなんとか抑え込んで戻る。乃亜は不服そうに頬をぷくっと膨らませていた。それを見て朝霧さんがクスッと笑う。
「いえ、乃亜ちゃんと佐原君の仲がいいなって話をしてました」
「あー。まあ悪くはないかな」
「嘘嘘! お兄ちゃんとはラブラブだよ!」
「言いすぎだろ」
そのやり取りを見て、朝霧さんが少し柔らかくつぶやいた。
「私は父の都合で転校を何回かしたので、あまり親しい友達ができなかったんですよね。だから少し羨ましいです」
「朝霧さんならきっとすぐ仲のいい奴できるさ。俺だって、長く付き合っていけたらいいと思ってるし」
その言葉に朝霧さんが、驚いたようにこちらを見る。
そして――なぜか、陽菜と乃亜がほぼ同時に抗議の声を上げた。
「ぴぴーっ! お兄ちゃん踏み込みすぎですー!」
「そうそう、ちょっと距離感近くない?」
「な、なんだよ。もちろんお前たちとも長く仲良くしたいと思ってるって意味だぞ」
そう言うと、三人がそっと俺から距離を取ってこそこそ話を始める。
「佐原君って、昔からこうなんですか?」
「うん……」
「お兄ちゃんの良いところでもあり、悪いところでもあるんです」
「おーい、聞こえてるぞ」
「女子会中でーす! 男子立ち入り禁止!」
陽菜がバツマークを作る。俺は苦笑しながら肩をすくめた。
* * *
その後もモール散策は続いた。
すっかり打ち解けた三人は、今は服屋の中で盛り上がっている。
「これとか朝霧先輩に似合いそうですね」
「確かに!」
「そうですかね? ちょっと着てみようかな」
女子三人寄ればかしましい――とはよく言ったものだ。俺は蚊帳の外で、店の外のベンチに座って待っている。
(まあ、仲良くなって何よりだ)
乃亜は社交的に見えて、実は少し人見知りだ。
初対面の相手には警戒しがちだが、朝霧さんとは自然に話せている。
おそらく、朝霧さんの人柄をすぐに感じ取ったのだろう。
(相変わらず乃亜は猫っぽいな)
モールの人の流れをぼんやりと眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
* * *
しばらくして服を買い終えた三人が店から出てきた。
「佐原君、ごめんなさい。放置してしまって」
「ああ、いやいや。少し休めてちょうどよかったよ」
「すっかり時間経っちゃったね。今日の夢中探し部の活動はこの辺で終了かな!」
陽菜がそう宣言すると、乃亜が首をかしげる。
「夢中探し部?」
「あー、ただみんなで集まってなんかしようっていうRINEのグループ名だ」
そう説明すると乃亜が食いついてきた。
「なにそれ! 面白そう。乃亜も入りたい!」
「俺はいいけど……朝霧さんと陽菜は?」
「私は大歓迎ですよ。今日は乃亜ちゃんと仲良くなれましたし」
「私も異論なーし! 颯ちゃんももちろんOKでしょ」
「じゃあ招待するぞ」
そう言って乃亜をグループに追加する。
「きた!」
乃亜が嬉しそうにスマホを操作する。
乃亜:新人です。よろしくお願いします。
颯真:お、乃亜ちゃんも入ったのか。よろしく。
澄玲:よろしくね、乃亜ちゃん。
陽菜:よろしく!!!!
ちょうど部活を終えたのか、颯真もすぐに反応していた。
「なんだか、どんどんメンバーが増えていくな」
俺がぽつりとつぶやくと、陽菜が笑って言う。
「多いほうが楽しいじゃん!」
陽菜の明るい声に、俺も思わず笑ってしまう。
そのあと少しだけ散策したあと、モールの前で解散となった。
にぎやかで、どこか心地いい一日だった。




