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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第20話「内緒のひとこと」

 陽菜と二人で帰ったあの日から、数日が過ぎた。


 胸の奥にわずかな引っかかりを残したまま、それでも俺はいつも通りの学校生活を過ごしていた。


 ――そして迎えた週末前のロングホームルーム。


 岸本先生が教壇に立ち、名簿を片手に教室を見渡す。


「さて、新学期恒例の行事だ。学級委員長を決めよう」


 その一言に、教室が一気に静まり返る。


 露骨に目を伏せたり、シャーペンをカチカチ鳴らしたり、窓の外に視線を逸らしたり……あちこちで小さなざわめきが生まれるが、誰も手を挙げる気配はない。


「騒ぐな騒ぐな。まあ、お前らの気持ちも分かる」


 先生は苦笑しながら続けた。


「仕事量はそこまで多くない。基本的には事務作業と授業のフォロー程度だ。ただ、忙しい部活に入ってるやつは時間のやりくりが厳しいかもしれないな」


 そう言って名簿をめくりながら、ちらりと視線を動かす。


「帰宅部は……佐原と、あとは転校してきた朝霧くらいか。他には文化部で比較的余裕のあるやつもいるが……」


 名前を挙げられた瞬間、教室のあちこちで小声が飛び交った。


「たしかに帰宅部ならやってくれると助かるな」


「まあ、無難じゃね?」


 押しつけがましくはない。けれど空気は完全に「その辺で決まってほしい」という方向に傾いていた。


 机に頬杖をついていた俺は、その視線の圧をひしひしと感じる。


(名前を出されたら、そりゃこうなるよな……)


 先生もそれを察したのか、フォローを入れる。


「もちろんやる気があるやつが立候補してくれれば一番助かる。……正直、内申点にも影響するしな。大学の推薦とかには有利だぞ」


 しかし沈黙は破られない。しばらく待っても誰も手を挙げなかった。


「このままだと推薦って形になるが……自分から立候補してくれる方が絶対いい。最後にもう一度聞く、どうだ?」


 その声を聞いた瞬間、陽菜の無邪気な笑顔とともに、あの日の帰り道がよみがえる。


――「むしろ私が見てみたいかも、悠斗が委員長のクラス!」


 軽い冗談のつもりだったのかもしれない。けれど、その一言だけは頭の隅に残っていた。


 気づけば、俺の右手は自然に上がっていた。


「お、佐原! やってくれるか。他にいないか?」


 先生が再度クラスに確認する。だが、他に名乗り出るやつはいなかった。


「じゃあ今年の委員長は佐原で決まりだ。頼んだぞ」


 その瞬間、教室に安堵の声が広がる。


「異議なーし!」


「正直、助かるわ」


 ふと陽菜の方を見ると、こちらに親指を立てて笑っていた。俺は思わず苦笑いを返す。


(らしくないこと、したかな)


 そう思ったが、不思議と後悔はなかった。むしろ小さな充実感の方が勝っていた。


「さて、次は副委員長を決めたいんだが……」


 先生の言葉に、すぐ隣から澄んだ声が響いた。


「私、やります」


 手を挙げたのは朝霧さんだった。


 横を見ると視線が合い、彼女はいつもの落ち着いた微笑みを浮かべている。


「お、朝霧か。転校してきたばかりなのにやる気があるな。他に希望者は?」


 ざわつく教室。


「朝霧さんが副なら俺、委員長やりたかったな」


 そんな冗談めいた声も聞こえたが、誰も本気で名乗り出ることはなかった。


「よし。じゃあ委員長は佐原、副委員長は朝霧。すんなり決まって助かったぞ。例年なら結構もめるんだからな」


 先生がまとめると、教室に笑いが広がる。


 こうして――新しい役割が、思った以上にあっさりと俺の肩にのしかかった。けれど、意外と重さは感じなかった。


 * * *


 委員長決めという地雷処理が終わったせいか、教室の空気はようやく緩んだ。


「まあ、佐原なら無難だろ」


「真面目そうだし、変なことにはならなそう」


 あちこちからそんな声が上がる。思ったよりも肯定的な反応で、正直驚いた。

 

 クラスの中心に自分が立つ姿なんて、これまで想像すらしていなかったからだ。


 ちらりと視線を横にやると、陽菜と颯真がこちらを見てニヤニヤしている。からかわれている気がして、思わず視線を逸らす。


 その時、すぐ横から落ち着いた声が届いた。


「委員長さん、よろしくお願いしますね」


 顔を向けると、朝霧さんが軽く頭を下げていた。声色の端に、ほんの少しだけからかうような響きが混じって聞こえたのは……距離が縮まってきたせいだろうか。


「あ、ああ。こちらこそ」


 ぎこちなくも返事をする。続けて、思わず本音が口から漏れた。


「正直、朝霧さんと一緒なら心強いよ。ありがとう」


「ずっと帰宅部なのも暇ですし、これも夢中探し部の一環ということで」


 そう答えて、彼女は穏やかな笑みを浮かべる。その自然な微笑みに、少しだけ肩の力が抜けた気がした。


 そのタイミングで、教壇の岸本先生がまとめに入る。


「引き受けてくれてありがとうな、佐原、朝霧。仕事内容や流れはこのあと説明するから少し残ってくれ、よろしく頼むぞ」


「はい」


 その後、先生が黒板にいくつかの連絡事項を書き込み、簡単に確認を済ませる。こうしてその日のホームルームは幕を下ろした。


 * * *

 

 放課後のチャイムが鳴り終わると、クラスメイトたちは次々に荷物をまとめて帰っていった。賑やかだった教室はあっという間に静まり返り、残ったのは俺と朝霧さん、それと岸本先生の三人だけ。


 黒板の前の岸本先生が腕を組んだまま、こちらに向き直って口を開く。


「じゃあ簡単に流れを伝えるな。学級委員の仕事は、行事の準備や進行の補助、それからクラス内の意見の取りまとめが主だ。文化祭や体育祭前はちょっと忙しくなるが、それ以外は週一回やることがあるかどうか、ってところだな」


 先生の言葉を聞き逃すまいと、俺はノートにメモを取る。要点だけを抑えた説明は思ったより具体的で、イメージが出来た分、少し肩の力が抜けた。


「……と、今日はこんなところだ。細かい内容はその都度伝える。何か質問あるか?」


 俺が首を横に振るのと同時に、隣の朝霧さんがすっと手を止め答えた。


「いえ、今のところは大丈夫です」


 ノートを覗き込むと、きちんとした字で整然と要点が並んでいる。几帳面な字に、彼女らしい落ち着きを感じた。


「よし、それじゃ今日はここまで。二人とも立候補してくれて助かった。よろしく頼むぞ」


 そう言って先生は職員室へ戻っていった。静けさが戻った教室には、窓から夕方の光が差し込み、外からは運動部の掛け声が遠く響いている。


 そんな中、朝霧さんがノートを閉じて、落ち着いた声を漏らした。


「行事前は、やっぱり忙しくなりそうですね」


「ああ……」


 俺は相づちを打ちながら、胸の奥に芽生えた不安を抑えきれずにいた。


「勢いで手を挙げちゃったけど、本当に俺で大丈夫なのかなって……今さらちょっと不安になってきた」


 口に出した瞬間、自分でも弱気すぎると思った。だが、朝霧さんは特に気にした様子もなく、まっすぐこちらを見てさらりと言う。


「私は佐原君、委員長に向いてると思いますよ」


「え?」


 予想以上にはっきりした調子だったので、思わず聞き返す。


「真面目に取り組む人が委員長だと安心できますし……それに、佐原君って周りをよく見てますよね」


 淡々と告げられた一言は、不思議と胸にすとんと収まった。


 先日の陽菜の言葉がよみがえる。二人から似たようなことを言われるなんて、考えてもみなかった。


(……思ってたより、俺って評価されてるのか?)


 背中を軽く押されたような感覚が、じわりと広がっていく。


「……ありがとう」


 小さく礼を言うと、朝霧さんは目を瞬き、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。


 * * *


 教室を出るころには、外はすっかり夕暮れに染まっていた。窓から差し込む朱色の光が廊下を淡く照らし、昇降口へ向かう足取りをやわらかく包み込む。


 並んで歩きながら、俺は口を開いた。


「……朝霧さん、改めて。副委員長を引き受けてくれて、本当に助かった」


 その言葉に、朝霧さんは小さく肩を揺らし、控えめに微笑む。


「いえ。内申点的にも悪くありませんし、それに……」


 言葉を切ったまま少し間を置いたので、思わず問い返す。


「それに?」


 彼女は前を向いたまま、ちらりと横目をこちらに向けた。


「……佐原君と一緒なら、やってみてもいいかなって」


 胸の奥に、不意に熱が広がる。足が止まりかけるほどの響きだった。


「え……どういう意味?」


 問いかけると、朝霧さんはほんの少し考えこむ仕草を見せてから、口元を指で押さえて笑った。


「ふふ、内緒です」


 それだけ残して、朝霧さんは軽やかに先へ歩き出す。あまりに自然な調子に、俺は一瞬その場で固まってしまった。


「ちょっと! 待ってくれよ」


 慌てて背中を追いかけながら、胸の奥にむず痒さと、不思議な心地よさが同時に広がっていくのを感じる。


 気づけば、夕暮れに伸びた二人分の影が、並んで揺れていた。

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