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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第19話「意外と真面目?」

 週明けの朝。いつものように颯真と陽菜と並んで登校する。

 

 教室に入ると、朝霧さんはすでに席に着いていて、ノートに視線を落としていた。


「おはよー!」


 陽菜が元気よく声をかけると、朝霧さんは軽く会釈し、やわらかく笑った。


 ホームルームが始まるまでの間、俺たちは先日の花見の話題で自然と盛り上がる。


「いやー、串焼きマジでうまかったな」


「わかる! あれ一番行列できてたもんね」


「陽菜、めっちゃ食ってたじゃん」


「ちょっ、それ言わなくていいから!」


 そんなくだらないやり取りで笑い合う。花見の余韻はまだしっかり残っているようだった。


 授業を終えた放課後。今日は特に予定がない。


 颯真も陽菜も部活に行き、朝霧さんも用事があるらしく早めに帰宅していた。


 ――いや、用事がなかったとしても、二人きりで何かをするわけじゃないけど。


 そんな言い訳めいたことを心の中でぼやきながら、俺はカバンを持って図書館へ向かう。


 こういう空いた日の過ごし方は大体決まっている。自習してから帰るか、親に契約してもらったジムに寄るか――そのどちらか。


 うちの高校は一応、進学校でもある。特に二年の最初は良いスタートダッシュを切りたい。そう思って、この日は勉強を選んだ。


 机に座り、集中して問題を解いていく。今のところは特に引っかかることもなく、スラスラ進む。この調子で本番もつまずかずにいければいい。


 そのまま黙々と参考書と向き合う。気づけば周りの生徒も少なくなってきていた。


 時計を見ると、そろそろ切り上げていい頃合いだ。ノートを閉じ、カバンに荷物を詰めこむ。


 立ち上がって図書館を出た。しかし下駄箱へ向かう途中、廊下の角で思わぬ人物と鉢合わせる。


「――あ、悠斗じゃん。やほ」


 声をかけてきたのは陽菜だった。部活帰りらしくジャージ姿で、手にはペットボトル。額には汗がきらりと光り、結んでいた髪を直している。


「まだ残ってたんだ」


「おう、ちょっと自習してた」


 俺が答えると、陽菜は「さすが」と言って目を丸くし、それからにっと笑った。


「荷物取ってくるからちょっと待ってて! 一緒に帰ろ」


 返事を待つ間もなく、陽菜は軽やかに駆けて行った。


 * * *


 昇降口で靴を履き替え、校門を出て少し待つ。四月の夕方は日が落ちるのが早く、空はもう薄暗くなりかけていた。


 しばらくすると、荷物を抱えた陽菜が戻ってくる。


「お待たせー!」


「いや、そんなに待ってない」


「何それ、デートの待ち合わせみたい」


 息を弾ませて笑う陽菜。走ってきたのか、ジャージの袖をまくりながら乱れた前髪を整えている。


「じゃ、帰るか」


「うん!」


 並んで歩き出すと、周囲には部活帰りの生徒がちらほら。やがて人影が減り、二人だけの帰り道になった。


「……あんまり近づかないでよ。汗かいてるから」


 俺が周りを見渡していたのを、自分を見ていると勘違いしたのか、陽菜は頬を赤くして距離を取る。冗談めかした仕草に、思わず苦笑が漏れた。


「今さら全然気にしないけどな」


「そ、そういうこと言わないの! まったく悠斗は乙女心が分かってないんだから。そんなんじゃ彼女できないよー!」


 振り向いて強めに言い返す陽菜。けれど口元は緩んでいてどこか楽しげだ。


「やめろ、その攻撃は俺に効く」


「ならちゃんと直すこと。これ幼馴染からのアドバイスね!」


 勝ち誇った顔で言う陽菜に、俺はため息をついた。気まずさはなく、いつも通りの気楽な空気。


「部活、どうだった? 久々だったんだろ」


「うん、疲れたよー。でも新しい子も入ってきたし、大会も近いから頑張らないとね」


 両手を握りしめて気合を入れるポーズ。ジャージ姿のままでも、真っ直ぐな意志が伝わってくる。


「……頑張ってるんだな。偉いよ」


 自然と口から出た言葉に、自分でも少し驚く。何かに打ち込む陽菜がまぶしく見えたのかもしれない。


「うーん、まあテニス好きだからね。でも悠斗も色々頑張ってるじゃん。勉強とか、ちゃんと続けられるの普通に尊敬するよ」


 言葉が詰まり、足元に視線を落とすと、横でにやりと笑う顔。


「あ、照れてる? 悠斗も可愛いとこあるねー」


「うっせ」


 そんなやり取りをしながら歩いていくと、通学路沿いのコンビニが見えてきた。ガラス越しに明かりが洩れ、店先にはお菓子や雑誌のポスターが貼られている。


「ねえ、ちょっと寄ってかない?」


「いいけど。何買うんだよ」


「アイス! 部活終わりはやっぱこれだよ」


 陽菜は先に店に入り、俺もつられて後に続く。冷凍ケースの前で彼女が選んだのはチョコバー。俺も同じものを手に取り、二人で会計を済ませた。


 外に出て並んで歩きながら、アイスをかじる。冷たさが思った以上に強く、すぐに後悔する。


「何となく買っちまったけど……アイスの季節にはまだ早いな」


 腕をさすりながら呟くと、陽菜が笑った。


「そう? ひんやりしてちょうどいいと思うけど」


「お前は運動したからだろ」


「たしかに!」


 そんな他愛ない会話を交わしながら歩く。


 コンビニ袋のカサカサという音と、陽菜の笑い声が、夕暮れの帰り道にやけに大きく響いていた。


 * * *


 アイスを食べ終えても、話題は尽きなかった。

 

 陽菜が袋をくしゃっと丸め、手の中でもてあそびながらふと思いついたように口を開く。


「ねえ悠斗ってさ、意外と真面目だよねー」


「急に何だよ。それに“意外と”って、失礼だな」


 軽口で返しつつも、実際は自分のことが真面目だとはあまり思えなかった。


 陽菜は「あはは」と笑い、肩をすくめた。


「だって成績いいし。宿題も忘れないし、いつも自習してるじゃん?」


「まあ、暇だし。放っておくとサボるからな。自分を誤魔化さないためにやってるだけだよ」


「それを真面目って言うんだって」


 そういうものだろうか。


 それ以上は反論できず、思わず苦笑いがこぼれる。陽菜はそんな俺を見て、少し声を落として言った。


「そういえば、今週クラスで学級委員長決めるって先生言ってなかった?」


 そういえば――授業の終わりにそんな話が出ていた気がする。俺はほとんど聞き流していたが。


「ああ、言ってたかもしれない」


「じゃあさ、悠斗、やってみたら? 暇って言うくらいだし」


 軽い調子の一言。けれど俺の足取りは、ほんのわずかに重くなる。


「いやいや、俺は目立つの苦手だし。そういうのは他のリーダーシップあるやつがやればいいだろ」


「でも結構合ってると思うけどなあ。むしろ私が見てみたいかも、悠斗が委員長のクラス!」


 横目でこちらを伺いながら、いたずらっぽく笑う陽菜。


「なんだそれ」


「うーん、なんとなく? 悠斗って頼まれたことはきっちりやるでしょ。だから、そういう人が上に立ったら楽しそうだなって」


 無邪気に言われて返す言葉を失う。


 陽菜は楽しそうに笑い、ジャージの裾をひらひらさせながら前を歩いた。表情からして、特に本気で押し付けようとしているわけではなさそうだ。


(委員長、か……)


 声に出さず、頭の中で繰り返す。


 正直、目立つのは苦手だ。だがここ最近――街案内や花見、夢中探し部での出来事を振り返ると、少しずつ自分の生活が動き出しているような感覚がある。


(積極的に何かをやるっていうのも、アリなのかもしれない)


 夕暮れの風が通り抜ける。並んで歩く陽菜との距離は、近すぎず遠すぎず。それでも不思議と心地よかった。


 * * *

 

 住宅街に入り、人通りもすっかり減った頃。家の近くの分かれ道で足を止める。


「じゃあ、また明日ね!」


 陽菜が振り返り、軽く手を振った。部活帰りの疲れを感じさせない、いつもの明るい笑顔だ。


「ああ、また明日」


 俺も小さく手を上げて返す。そのまま陽菜は反対方向の道へと歩いていき、背中が次第に遠ざかっていった。


 見送ったまま立ち止まる。さっきの会話を思い返すと、胸の奥が少しざわついた。


 何かを始めるのは得意じゃない。だが、最近の出来事が少しずつ楽しいと感じられるようになってきたのも事実だった。


(……まあ、なるようになるか)


 心の中でそうつぶやき、夜風に頬を撫でられながら鞄のベルトを握り直す。

 

 まだほんのり冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、俺は静かに家の扉を開けた。

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