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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第17話「甘い綿あめ、苦い気持ち」

 西の空が少しずつ朱に染まり、桜の花びらも夕暮れの色を帯びていた。

 

 シートの上には、食べ尽くされた串や菓子の袋が並んでいて、にぎやかだった時間の余韻がそのまま残っている。


「さすがにちょっと寒くなってきたな。そろそろお開きにするか」


 俺が声をかけると、三人がそれぞれ返事をする。


「そうだな」

 

「ですね」

 

「はーい!」


 返事と同時に、全員で片付けを始めた。シートを畳みゴミをまとめると、荷物だけが残る。


 その光景がどこか寂しく映ったのは、きっと今日がそれだけ充実していたからだろう。


「今日は楽しかったね!」


 陽菜が伸びをしながら笑った。その頬はまだほんのり赤く、心から満足しているのが伝わってきた。


「だな。また来年もやりたいもんだ」


 颯真が腕を組みながら同意する。


 その横で、朝霧さんが弁当箱を手に微笑んだ。


「今日はありがとうございました。準備までしていただいて……とても楽しかったです」


「こっちこそ。弁当まで用意してもらって助かったよ。すごく美味しかった」


 俺がそう言うと、朝霧さんは少し恥ずかしそうに小さく会釈を返した。


 すると、横から視線を感じた。慌てて付け加える。


「……もちろん、陽菜の弁当も美味かった」


「よろしい!」


 胸を張る陽菜。そのやり取りに、颯真と朝霧さんの笑い声が重なった。


「さて、じゃあ帰りますか」


 全員が荷物を手に立ち上がり、公園の出口へ向かって歩き出す。


「じゃあ、澄玲ちゃん、また週明け学校で!」


 朝霧さんだけ家が別方向なので、ここで解散となる。


「はい。また」


 ぺこりと丁寧にお辞儀して、朝霧さんは背を向けて歩いていった。


 その背中が人混みに紛れるのを見届けてから、夕暮れの風に舞う桜の花びらを横目に、俺たちは帰路についた。


 * * *


 陽菜の明るい声が帰り道に弾む。


「いやあ、澄玲ちゃん喜んでくれたみたいで良かったね」


「そうだな」


「俺たちも揃って花見なんて久々で楽しかったな」


 俺が同意すると、颯真も笑みを浮かべて頷いた。


「次はゲーム! よろしくね悠斗!」


「はいはい」


 軽口を交わしながら歩いていると、ポケットの中でスマホが震えた。取り出すと、乃亜からのRINEが届いている。


 乃亜:今日、夜ごはん食べに行ってもいい?


(確か、父さんと母さんは今日も仕事で夜はいないって言ってたよな)


 すぐに「いいよ。何か食べるもの買ってくわ」と返事を打つ。


「悪い。乃亜にお土産買ってくから、一旦戻るわ。おつかれ!」


 そう言うと、颯真は「おっけー」と片手を上げ、陽菜は「またね!」と笑顔で返してきた。二人と別れ、俺は再び公園の屋台通りへと足を向ける。


 * * *


 公園に戻ると、日が落ちても昼間以上の人混みであふれていた。


 提灯の明かりに照らされた桜は、淡い色合いから一転して艶やかな雰囲気をまとい、夜桜ならではの華やかさを放っている。


 客層も大人が増え、酒の匂いが風に混じって鼻をくすぐった。


(乃亜……確か綿あめ好きだったよな)


 幼い頃、必ず欲しがっていた姿を思い出し、迷わず列に並ぶ。大きな袋にふわふわの綿あめが詰められていくのを眺め、女の子向けアニメキャラが描かれた袋を選んで購入した。


 綿あめだけでは物足りないので、他の屋台にも足を運ぶ。焼きそばの鉄板から立ちのぼるソースの香ばしい匂いに引き寄せられ、「持ち帰りで」と一つ注文。


 さらに、お好み焼きの屋台ではジューッと景気のいい音と香りに食欲をそそられ、こちらも迷わず買い込んだ。


「……まあ、これくらいで十分か」


 片手には綿あめ、もう片手には焼きそばとお好み焼き。すっかり屋台の戦利品を抱え込んだ俺は、そのまま家路についた。


 * * *


 玄関の鍵を回して中へ入ると、リビングから気配がした。ドアを開けると、ソファに腰を下ろした乃亜がぱっと顔を上げて笑う。


「おかえりー」


「もう来てたのか」


「お兄ちゃんに早く会いたかったんだもん」


 腕に手を回され、当然のように言われる。俺は思わず肩をすくめた。


 勝手にくつろぐ姿も見慣れたものだ。うちを第二の家くらいに思っているのだろう。実際、その頻度で出入りしているし、俺もそれを特に嫌とは思わない。


「はい、これ。お土産」


 テーブルに袋を置くと、甘い香りと香ばしい匂いが一気に広がった。


「わー! 屋台のやつだ! ありがと!」


 乃亜は目を輝かせながら袋をのぞき込み、焼きそばとお好み焼き、そして綿あめを取り出す。


「こんなに買ってきてくれたんだ! やったー!」


 子どもみたいにはしゃぐ姿に思わず笑って、俺も隣に腰を下ろした。


「俺はもう結構食べてきたから、乃亜が全部食べていいぞ」


「えー、流石にこの量は乙女には多いって。ほら、ちょっとは食べて」


 乃亜はお好み焼きを切り分け、俺の皿に乗せてくる。仕方なく一口かじると、ソースの香りが口いっぱいに広がった。家で作るのとはまた違う味わいだ。


「……まあ、悪くないな」


「んー、わかる。屋台のこの味って、たまに無性に食べたくなるんだよね」


 二人でテーブルを囲み、屋台の食べ物を分け合いながらの夕飯が始まった。


 * * *


「お花見、どうだった? 颯真君と陽菜ちゃん、それと転校生の子と行ったんでしょ?」


 乃亜が焼きそばを箸でつまみながら尋ねてくる。


「ああ、楽しかったよ。桜も綺麗だったしな」


 今日の出来事を軽く話しながら、お好み焼きを口に運ぶ。


「えー、いいなあ。私も行きたかった」


 乃亜がぽつりと呟いた。


「お前、明日新しくできた友達と行くって言ってなかったか?」


 前に予定を聞いたときそう言っていたのを思い出す。


「それはそれ! お兄ちゃんと一緒に行きたかったの!」


 ぷくっと頬をふくらませる仕草に、苦笑いが漏れる。


「まあ、今回は新しい友達を優先しろよ。こないだも言ったろ、最初が肝心だって」


「わかってるけどさー」


 乃亜は理解しているけれど、納得しきれていないといった顔をしていた。


 その表情を見ているうちに、ふと昔の光景が頭に浮かぶ。


「小さい頃はよく一緒に行ったな。覚えてるか? 祭りで迷子になったこと」


 そう言うと、乃亜がぱちりと瞬きをした。


「う……覚えてる。私、一人で走り出して、振り返ったら誰もいなくて」


「ああ。あの時は焦った」


「でも最後はお兄ちゃんが見つけてくれたんだよね」


 乃亜は箸を止めてこちらを見上げ、にこっと笑う。


「乃亜の大きな泣き声が響いてたからな。すぐ見つけられた」


 からかうように言うと、乃亜が「えー、恥ずかしいな……」と頬を赤くする。


「むしろその後の方が大変だったぞ、しばらく俺にしがみついて泣き止まなくてさ。でもおじさんに綿あめを買ってもらったらケロっと機嫌直してたな」


「子どもだったんだから仕方ないでしょ……って、もしかして、それで綿あめ買ってきてくれたの?」


「ああ、好きだったろ」


「もう、そんな子どもじゃないってば」


 乃亜は少し照れくさそうに笑い、指先で綿あめの袋をちょんとつつく。


「でも……覚えててくれてありがとう。お兄ちゃん」


 そう言って見せた、その笑顔は、どこか大人びていながらも昔の面影を残していて――少し不思議な気分になった。


 * * *

 

 夕食を終えたあと、俺と乃亜は並んでソファに腰を下ろし、なんとなくテレビをつけた。


 流れているのは興味のないバラエティ番組。けれど、クッションを抱えて笑っている乃亜の横顔を見ていると自然と安心できる。


「……お腹いっぱい。屋台のご飯って、すぐお腹にくるよね」


 乃亜は抱えたクッションにあごを乗せ、だらりと体を預けている。完全に自分の家のようなリラックスぶりだ。


「確かにな。まあ炭水化物ばっかりだからな。……明日のお花見、大丈夫か?」


「さすがに平気だってば。……でも、もう焼きそばとお好み焼きはしばらくいいかな」


 ケロリとした声で笑うと、またテレビに視線を戻す。その仕草につられて、俺も小さく笑った。


 ちょうどその時、ポケットでスマホが震えた。取り出すと画面には朝霧さんからのメッセージが。


 澄玲:改めて、今日は助けてくれてありがとうございました。


 それだけの短い文面なのに、丁寧さと真剣さが伝わってくる。


「ん? 誰から?」


 乃亜が身を寄せて画面をのぞき込んでくる。隠すような内容でもないので、そのまま答えた。


「今日一緒に花見に行った、転校生の子」


「ふーん? あ、助けたって書いてある! お兄ちゃん、またなんかしたの?」


 ジトッとした視線を向けられる。


「“また”ってなんだよ。ちょっと酔っ払いに絡まれてたから、間に入っただけだ」


「あー……お兄ちゃんの悪い癖が出てる」


 乃亜はそう言って、クッションをぎゅっと抱きしめたまま黙り込む。唇を尖らせ、視線をテレビに戻した。


「癖って……別に悪いことじゃないだろ」


 思わず口にすると、乃亜は小声で何かを呟いた。


「良いところでもあるんだけどさ……」


「ん? 今なんて?」


 問い返すと、乃亜はクッションに顔を半分うずめ、視線をそらす。


「なんでもない!」


 拗ねたように言い切るその様子に、俺は思わず首をかしげた。


(別に変な事はしてないはずなんだが)


 釈然としない空気が漂う中、バラエティ番組の笑い声だけが部屋に響いていた。

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