第15話「花より団子」
土曜日の朝。窓から差し込む光は明るく、雲ひとつない空が広がっていた。まさにお花見日和だ。
家を出る前にスマホを確認すると、RINEの通知が並んでいる。
陽菜:昨日言った通り、集合は学校前で! 各自注意してくるように!
颯真:了解。ちょっと遅れるかも。
澄玲:はい。気をつけて行きます。
俺も短く返す。
悠斗:今から出る。
送信を終えてポケットにしまい、玄関のドアを開けた。
「行ってきまーす」
家の中から母の声が返ってくる。その響きを背に受けながら外に出た。
* * *
土曜の午前、まだ空気が少しひんやりと残る学校前。
先に来ていた陽菜が、俺を見つけて大きく手を振った。元気いっぱいの仕草に思わず苦笑する。
(……なんか、子犬みたいだな)
近づくと、陽菜は両手で弁当バッグを掲げて見せる。
「じゃーん! みんなの分、気合入れていっぱい作ってきました!」
今日の陽菜は淡いイエローのパーカーにデニムスカート、白いスニーカー。彼女らしい明るく活動的な装いだ。
バッグからは、ほんのり玉子焼きの甘い香りが漂ってくる気がする。
「さんきゅ。でも昨日もけっこう買ったし、食べきれるか?」
「よゆーよゆー。屋台で買う分も計算済みだから!」
胸を張る姿は、相変わらず自信満々だ。
そこへ、ジーンズにパーカー姿の颯真が片手をポケットに突っ込んで現れる。シンプルなのに妙に様になるのが悔しい。
「ダッシュしたら余裕で間に合ったわ」
「流石!」と陽菜が即座に笑顔で返す。
最後に姿を見せたのは朝霧さん。淡いピンク色のカーディガンに白いワンピースという春らしい装いで、髪も軽くまとめられている。柔らかな雰囲気が引き立って、普段の制服姿とはまた違った印象だった。
(……やっぱり、目を引くな)
「おはようございます。お待たせしました」
「おはよう! 大丈夫、時間通りだよ!」
朝霧さんは小さくうなずき、陽菜の弁当バッグに気づいて微笑む。
「実は私も、お弁当を少し作ってきたのですが……かぶってしまいましたね」
「あー、相談しとけばよかったね。でも大丈夫!」
陽菜がすぐにフォローし、俺と颯真を指さす。
「こっちには食べ盛りの高校生が二人いますので!」
完全に丸投げだ。俺たちは顔を見合わせて苦笑した。
「まあ、任せろ」
颯真が胸を叩くと、陽菜は「さっすが!」と嬉しそうに笑った。
「それに女子高生の手作り弁当を食べられるだけで感謝だ。——と悠斗が言っている」
「勝手に代弁するな。……まあ、屋台で買いすぎなければ大丈夫だろ」
「そ、そんなに期待されると、それはそれで緊張しますね……」
朝霧さんが少し照れたように視線を落とす。
俺は昨日スーパーで買った袋を掲げた。中にはシートや紙皿、割りばしが入っている。
「とりあえず備品は持ってきた」
「さんきゅ!」と陽菜が親指を立てる。
「じゃあ、行こっか!」
陽菜の掛け声に合わせ、俺たちは歩き出した。
* * *
目的地は学校から歩いて五分ほど。城跡を整備した公園で、今も門や櫓、お堀が残っている。桜の名所としても知られ、春になると堀の周りにずらりと屋台が並ぶ。
陽菜と朝霧さんが並んで雑談し、その後ろを俺と颯真が歩く。通りの両脇には桜並木が続き、淡い花びらが風に舞っていた。
すれ違う人々も立ち止まって空を見上げている。子どもを連れた家族や、同じように花見に来た学生たちで賑わっていた。
「桜、綺麗ですね」
朝霧さんが小さくつぶやく。その横顔も、花の色に照らされて穏やかに見えた。
「確かにな。桜が咲くと春って実感が湧くよな」
颯真が軽く肩をすくめると、陽菜も「ほんと!」と同意する。
俺は舞い落ちる花びらを目で追いながら歩いた。
(……家族以外と花見なんて、久しぶりだな。なんだか楽しい一日になりそうだ)
* * *
公園の中はすでに人でごった返していた。桜のトンネルの下に屋台がずらりと並び、焼きそばやたこ焼きの香ばしさと、綿あめの甘い香りが風に乗って漂ってくる。子どもの歓声や呼び込みの声が重なり合い、賑やかな熱気に包まれていた。
「とりあえず、屋台見つつ一回りするか」
俺がそう提案すると、全員が頷いて歩き出す。
「お堀の周りに桜が植えられてるんですね」
朝霧さんが周囲を見渡しながら興味深そうに呟いた。
「そうそう。お堀は円形だから、真っすぐ歩いても、ぐるっと戻って来られるんだよ!」
陽菜が屋台に視線を奪われつつも得意げに説明する。朝霧さんは「なるほど」と真面目に頷いていた。
「あ、亀」
颯真が指さす。見ると、堀の水面近くを大きな亀がのんびりと泳いでいる。
「あひるもいますね。生き物が多くて面白いです」
「田舎だからなあ。山に行けばもっと色んな動物が見れるぞ。カモシカとか」
「カモシカ……見たこと無いです」
「山の近くを車で走ってるときにたまにみかけるよ」
「なるほど。今度意識してみます」
そんな雑談を交えつつ、俺たちは公園を回っていった。
「おっ、たこ焼き! 花見といえば、たこ焼きは鉄板でしょ!」
陽菜が屋台に飛び込む。
「言うほど花見向きか?」
俺の突っ込みなど意に介さず、彼女は熱々のたこ焼きを手に満足げだ。
その隣で颯真は、炭火の匂いに誘われていた。
「やっぱ肉だな」
焼き鳥の串を受け取り、豪快に頬張る。
「……私は、その、チョコバナナを」
朝霧さんも少し迷った末、チョコバナナを選んだ。受け取った串を両手で大事そうに持ち、ほっとしたように微笑む。
俺はというと、すっかり荷物持ち役。シートや紙皿に加えて、みんなの食べ物まで抱えることになりつつ、自分用にイカ焼きを買ってようやく満足した。
* * *
一回りして芝生エリアに出ると、空いているスペースを見つけた陽菜が駆け寄った。
「こっち! 空いてるよ!」
俺たちも後に続き、持参したシートを広げる。荷物を並べて腰を下ろすと、ようやくひと息つけた。
頭上では桜の枝が揺れ、花びらが風に乗って舞い落ちる。その下で、即席の宴が始まる。
シートの上には買い込んだ屋台の食べ物に加え、昨日準備したお菓子、さらに陽菜と朝霧さんの手作り弁当が並んだ。色とりどりの料理が所狭しと並ぶ様子は、ちょっとしたバイキングのようだ。
「これは……さすがに買いすぎたな」
颯真が串を持ったまま苦笑する。
「まあ、余ったら持ち帰ればいいし。生ものだけ先に食べとこう」
俺がフォローすると、陽菜がにやっと笑ってわき腹をつついてきた。
「そんなこと言って、本当は私と澄玲ちゃんのお弁当食べたいんでしょー」
「……まあ、せっかく作ってくれたのに食べないのも悪いからな」
わざと素っ気なく返すと、全員が吹き出した。
* * *
食事が始まれば、思い思いに手が伸びる。
「たこ焼き美味し~~」
陽菜は頬に手を当てて幸せそうに目を細める。その様子だけでこちらまでお腹が鳴りそうだ。
つられて俺も箸を伸ばし、陽菜の弁当から卵焼きをひとつ。
「お、そこに行くとはお目が高い。その卵焼きは絶品だよ~」
半ば自慢げな言葉を受けて口に入れると、ほんのり甘く、ふわっと溶けるようだった。
「……悔しいが、確かに美味い」
「素直に褒めなよー」
陽菜がむくれるのを横目に、今度は朝霧さんのお弁当に目を移す。
陽菜の弁当は肉中心で食べ応えがあるのに対し、朝霧さんの弁当は彩り豊かで品が良い。
「朝霧さんの弁当、見た目が綺麗だな」
「確かに! 澄玲ちゃん、料理上手なんだね」
俺と陽菜が続けて声をかけると、朝霧さんは少し照れたように返した。
「あ、ありがとうございます。母の手伝いで多少は……でも、人に食べてもらうのは緊張します」
俺は里芋の煮物に箸を伸ばす。しっかりと味が染みていて丁寧に作られたのがわかった。
「うん、美味しいよ。優しい味がする」
「よ、良かったです……」
安堵したように小さく息をつく朝霧さん。その横顔に頬の力が抜ける。
その後も話題は尽きず、料理を分け合いながら笑い声が絶えなかった。
* * *
ある程度食べ終えたところで、陽菜が団子を頬張りながら話を振る。
「悠斗ってさ、サッカーやってたのに意外とインドアだよね〜。基本ゲームばっかりでしょ」
「悪かったな。サッカー関係ないだろ」
「澄玲ちゃんはゲームとかするの?」
陽菜が水を向けると、朝霧さんは一瞬迷ったように言葉を探してから答えた。
「あー……私も、そこそこやる、かも? です」
「え、意外!」
陽菜が目を丸くする。
「おっ、じゃあ一緒に遊べそうじゃん! どんなゲームやるの?」
颯真が乗っかり、興味津々で身を乗り出した。
「ジャンルは色々ですね……。有名なのだと、インクを塗って陣取りするやつとか……自分で町を作る箱庭系とか」
「イカトゥーン! いいね、今度一緒にやらない?」
「みんなでゲーム……それは楽しそうですね」
朝霧さんの目がほんの少し輝いた。
「次の予定決まりだな。部長、セッティング頼む」
颯真が俺の肩を軽くたたく。
「誰が部長だ。……まあ、予定を組むくらいならしてもいいけど」
「さっすが悠斗! よろしく!」
「お願いします」
陽菜と朝霧さんにも笑顔で言われては断れない。
(まあ……こういうのも悪くないか)
舞い落ちる花びらの中、笑い合う輪が静かに広がっていた。




