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RE:スタート・ブルー ―止まった僕の青春が、君と出会って動き出した―  作者: 宵宮ミレ


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第11話「揺れない日常と揺れる声」

 玄関を開けてリビングに入ると、すでにソファには先客が腰を下ろしていた。

 

 リモコンを握ったままテレビを眺めていた乃亜が、こちらに気づいてぱっと笑顔を見せる。


「おかえりー! 遅かったね」


「ただいま」


 乃亜が勝手に家に上がり込んでいるのは、もう見慣れた日常の一コマだ。


「ほら」


 俺は紙袋を差し出す。中には、乃亜へのお土産のじまん焼きが入っていた。


「わっ! 何々? お土産?」


 目を輝かせて受け取った乃亜が、袋を両手で抱きしめるようにして声を弾ませた。


「ああ、じまん焼き。転校生の案内のついでに寄ったから、乃亜の分も買ってきた」


「やったー! ありがと!」


 彼女は袋をのぞき込むと、さっそくひとつ取り出して大きくかぶりついた。


 嬉しさを隠しもしない子供っぽい反応に、思わず苦笑する。


「そんなに喜ぶなら買ってきた甲斐があったな」


「うん! だって甘いの大好きだもん。……それに、お兄ちゃんが乃亜のこと思って買ってきてくれたんでしょ?」


 にやりと笑い、わざとじっとこちらを見つめる。唇の端に少しだけ残ったあんこをぺろりと舐め取りながら、囁くように続けた。


「嬉しくないわけ、ないじゃん」


 ほんの少しだけ甘ったるい声色で。からかっているのか本気なのか分からない、そんな乃亜らしい誘惑めいた言い回しだった。


「んー、美味しい!」


 頬をふくらませながら笑う顔は、昔から変わらない。


「やっぱあんこが一番だねー」


「乃亜は相変わらずだな。俺はクリーム派だ」


 そう呟くと、乃亜が手を止めてこちらを見やる。


「でもさ、お兄ちゃん、昔はあんこ派だったよね?」


「……よく覚えてるな」


「当たり前でしょ? 一緒にお店で買ったとき、いつもあんこ選んでたじゃん」


 乃亜は懐かしそうに目を細める。

 

 記憶をたどれば、小学生の頃に親と一緒に並んで買った情景が浮かんできた。確かにあの頃は、迷うことなくあんこを選んでいた。


「まあ、好みなんて変わるもんだろ」


「裏切り者ー!」


 冗談交じりの抗議に、俺もつられて笑ってしまう。

 

 こうして自然に昔話をして笑い合えるのは、やっぱり幼馴染だからこそだろう。


 気がつけば、リビングにはじまん焼きの甘い香りと、乃亜の明るい声が満ちていた。


 * * *


 乃亜との賑やかな時間もひと段落し、夕飯を終えたあと、ソファでうたた寝しかけた彼女を軽く揺すって起こし、家へ送り出した。

 

 玄関の扉が閉まった瞬間、さっきまでの笑い声が嘘のように消え、静けさが戻る。


 後片付けを済ませて自室に戻り、机の上のパソコンを立ち上げた。モニターに映る通知には、すでにMistがログインして待機している表示が出ていた。


『おつかれ』


 ボイスチャットに入ると、すぐに聞き慣れた声が返ってくる。


『おつー』


 軽くあいさつを交わし、そのままゲーム画面を開く。昨日に続いての箱庭クラフト。のどかなBGMが流れる中、俺は木を伐り石を掘り、Mistは畑を整えていた。


『木材、まだ足りる?』


『ちょうど欲しかった。助かる』


 渡した素材を受け取ったMistの声が少し弾む。長く一緒にプレイしてきたからか、こういう呼吸の合い方が自然で、心地いい。


 しばらく黙々と作業を続けていたが、俺はふと雑談がてら口を開いた。


『そういやさ……引っ越した後の生活、どうだ? もう慣れてきた?』


 問いかけた瞬間、ヘッドセット越しの空気がわずかに変わった気がした。


『んー……まあ、今のところは順調、かな』


 普段より少し低い声色。強がりに聞こえるようで、どこか本音がにじんでいるようでもあった。


『そっか、良かった。まあ始まったばかりだし、無理すんなよ』


『……ああ、ありがと。周りにいい人が多くてさ、ほんと助かってるよ』


 返事は短いが、ほんの一瞬だけ柔らかさが混じった。きっと良い出会いがあったのだろう。


『それはラッキーだな。俺は転校の経験ないけど、親切な人がいるっていうのは心強いよな』


『ほんと、それ。俺もそう思うわ』


 そう言ってMistが軽く笑った声がヘッドセットから流れ、画面越しの作業音と混じり合った。


 * * *


 ゲームの作業を続けていると、今度はMistの方から声がかかった。


『で、そっちは? 今日、何かあった?』


 何気ない調子に聞こえたが、どこか探るような響きが混じっている。


『ああ……今日は転校生に街を案内してきた』


 木を伐りながら答えると、すぐに反応が返る。


『……へえ。どうだった?』


 興味を隠そうとした落ち着いた声色。けれど、ほんの一瞬、言葉までの間が長い。


『昨日も言ったけど、すごい美人でさ。でも気取った感じはなくて、いい子だった。幼馴染も一緒にいたんだけど、結構楽しんでくれてたと思う』


 正直な感想を口にすると、ヘッドセットの向こうでわずかに空気が止まった。


『……ふうん。なら良かったな』


 努めて平静を装ったようなトーン。それ以上は触れずに、Mistは畑の整地を続けていく。


 俺も深追いせず、再び黙々と作業に集中した。


 * * *


『あ、そういえばさ。今日その子に和菓子を食べてもらったんだ』


 木材を運びながら、ふと思い出して話を振る。


『和菓子?』


 Mistが小さく繰り返す。


『ほら、大判焼きとか今川焼とか、呼び名が色々あるやつ。知ってるだろ?』


『ああ……』


『あれ、こっちじゃ『じまん焼き』って言うんだ。珍しいだろ?』


 説明すると、返事までにわずかな沈黙があった。


『……へえ、確かに珍しいな。こっちじゃ……大判焼き、かな』


 言葉は落ち着いているようで、どこか硬さがにじむ。


『やっぱ地域で違うの面白いよな。回転焼きとかいうところもあるらしいし』


『確かに。そういう違い、結構好きだわ。方言とかも』


『分かる。関西弁とか、なんかいいよな』


 そこまで話して、再び会話は途切れた。俺は画面へ視線を戻す。


 今日はヘッドセットの向こうのMistが、なんとなくいつもと違うように思えた。


 具体的に何がとは言えない。ただ、声の調子にわずかな揺れを感じた気がする。


(まあ、新しい環境で疲れてんのかな?)


 そう自分なりに解釈して、俺はそれ以上気にしないことにした。


『……さて、もうちょっと掘るか』


 軽く独り言をつぶやき、ピッケルを振り下ろす音がゲーム画面から響いた。

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