第10話「放課後スイーツ巡り②」
チャイムが鳴り、最後の授業が終わると、教室の空気が一気に緩んだ。片付けを済ませた俺は鞄を肩にかけ、隣を見やる。
「よし、じゃあ行こっか!」
駆け寄ってきた陽菜が、元気よく声を上げる。すでに鞄を抱え、今にも走り出しそうな勢いだった。
「りょーかい」
「はい、行きましょう」
俺と朝霧さんも立ち上がり、三人で教室を後にする。廊下には部活へ向かう生徒や、足早に帰宅する生徒のざわめきがあふれていた。その中を抜けて校門を出る。
「で、どこ行くの?」
陽菜が振り返り、先導するように歩きながら問いかけてくる。
「行き先わからない奴がなんで一番前歩いてんだよ。……駅前の商店街に行こうと思ってる」
軽く突っ込みつつ俺が提案すると、陽菜はぱっと笑顔を見せた。
「賛成! 美味しいものいっぱいあるしね!」
「はい、楽しみです」
そんなやり取りをしながら商店街へ向かう。高校からは歩いて五分ほど。春の夕方の風が、少しだけ肌寒い。
「ここが駅前のメインストリートだ」
俺が指をさすと、両脇に並ぶ店々に朝霧さんの目が留まる。
「個人のお店も多くて、歩くだけでも結構楽しいんだ」
「そうそう、入れ替わりもあるから、来るたびに発見があるんだよねー」
陽菜がうなずく。
「なるほど……端まで見えないくらいありますね」
「まあ、閉まってる店も多いけどな」
「近くに大きいショッピングモールがあるからね。人も流れちゃうの」
ふむふむと朝霧さんが頷く。
「ゆるい坂道なんですね」
「そうそう、自転車だとちょっとつらいやつ」
陽菜が笑いながら答える。
「で、目的地はメインストリートから一本入ったところ。少しだけ歩くぞ」
「はい、部長!」
「ついていきます!」
「誰が部長だ。……朝霧さんまで乗らないで」
突っ込むと、二人の笑い声が弾けた。
* * *
商店街を歩きながら、朝霧さんはきょろきょろと店先を見ていた。
「こちら側にもお店、たくさんありますね」
「そうだな。俺たちも全部は入ったことない。気になるところがあったら言って。寄り道しよう」
「ありがとうございます」
そんな会話を交わしていると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「着いたぞ」
目の前には、昔ながらの店構え。焼き台から立ち上る湯気が、腹を刺激する。
「おいしそう……ここは何のお店ですか?」
朝霧さんが小首をかしげる。
「ここは『志゛まん焼き』のお店です!」
陽菜が胸を張って即答した。
「じまん焼き?」
「ほら、あそこ見て」
俺がガラス窓の中を指さすと、職人が鉄板でせっせと菓子を焼いていた。
「あ……大判焼きですね!」
「ノーッ!」
陽菜が大げさに叫ぶ。
「澄玲ちゃん、それは禁句! ここでは『じまん焼き』だから。ほら、リピート!」
「じ、じまんやき……」
気圧されたように繰り返す朝霧さん。その真面目さに思わず笑みがこぼれる。
「まあ、地方によって呼び方はいろいろあるからな。大判焼きとか今川焼とか。ここでは『じまん焼き』が正式名称だ」
「なるほど……上田の文化、覚えます」
真剣な返答に、俺と陽菜は顔を見合わせた。
「で、あんことクリーム、どっちにする?」
「迷います……。でもここは王道のあんこで」
「じゃあ、俺は両方」
「私も両方!」
「えっ!?」
俺たちの選択に、目を丸くする朝霧さん。
「ず、ずるいです。じゃあ私も両方!」
頬を少し膨らませながら言い返すその仕草が可愛らしくて、俺も陽菜も吹き出した。
それぞれ注文を済ませ、紙袋を手にベンチへ移動。湯気の立つ焼きたてを取り出し、まずはあんこから。
「やっぱり出来立てが一番だな」
「いただきまーす!」
陽菜が大きくかぶりつく。
「あっつ! でも美味しい!」
頬をふくらませて慌てる姿に、つい笑いが漏れる。
朝霧さんは両手で大事そうに持ち、恐る恐るかじった。熱さに驚いたのか、頬がほんのり染まる。
「……甘くて美味しいです」
「やっぱあんこは王道だな」
「だね! じゃあ次はクリーム!」
もう一つを取り出す陽菜の早さに、俺は思わず眉をひそめた。
「食べるの早くないか?」
「美味しいから仕方ないでしょ!」
「ふふ、確かに納得ですね」
いつの間にか朝霧さんも二つ目を構えている。
焼きたてを頬張る二人の様子を眺めながら、ついしみじみと感じ入っていたら——。
「あれ、悠斗食べないの? じゃあ私が!」
「ばか! 俺は味わいたい派だ!」
そのやり取りに朝霧さんが笑い、俺と陽菜もつられて笑顔になった。
* * *
全員が食べ終えると、自然と感想会が始まった。
「いやー、やっぱ美味しかったね。澄玲ちゃんはどっちが好みだった?」
陽菜が口火を切る。
「私は……あんこですね。甘すぎなくて、最後まで食べやすかったです」
「へえ。俺はクリームだな。あのとろっとした甘さが好きだ」
「私もクリーム派! あれは反則級だよね!」
好みが見事に分かれ、三人で笑い合う。
空になった紙袋を見て、ふと思いついた。
「乃亜にお土産、買ってってやろうかな。今日の夜も来るって言ってたし」
そう言って立ち上がり、持ち帰り用に注文を済ませる。
「いいね! 乃亜ちゃん絶対喜ぶと思う」
陽菜がすぐに頷いた。
「乃亜……?」
聞き慣れない名前に、朝霧さんが小首をかしげる。
「ああ、幼馴染の子。一つ年下で隣に住んでるんだ。よく一緒にご飯食べたりする」
「もう一人幼馴染さんがいるんですね」
「そうそう。機会があれば紹介するよ」
俺の言葉に、朝霧さんは「楽しみにしてます」と小さく微笑んだ。
* * *
次の目的地は商店街の抹茶ソフトの店だった。三人でコーンを手にし、歩きながら味わう。
風はひんやりしていたが、さきほど熱々のじまん焼きを食べたばかりなので、ソフトクリームの冷たさが心地よかった。
「ん〜! 抹茶濃い! でも甘すぎなくていい感じ!」
陽菜が目を細め、幸せそうに一口。
「本当ですね。冷たいのに香りがすごく広がります」
朝霧さんも、頬を少し染めながら口にする。本当に美味しいのか、表情が緩んで見えた。
「さすがお茶屋のソフトだな。抹茶の苦みがちゃんとあって、美味い」
俺も一口かじり、感想を漏らす。三人の足取りは自然とゆったりした。
歩きながら、学校生活の話や好きな教科、休日の過ごし方など、たわいない雑談が続いていく。
最初は緊張気味だった朝霧さんも、気づけば自然に会話へ混ざり、笑ったり相槌を返したりするたびに表情が和らいでいくのが分かった。
「こういうの、颯ちゃんも一緒ならもっと賑やかかもね」
陽菜がふと漏らす。俺も「確かにな」と頷いた。
「次は四人で行こうか」
「いいな。それならもっと面白くなりそうだ」
「ねね、澄玲ちゃん。颯ちゃんも『夢中探し部』のグループに入れてもいい?」
「はい、もちろん。にぎやかな方が私も嬉しいです」
「やたっ。じゃあ明日、颯ちゃんに言っとくね!」
そのやり取りに、朝霧さんも頬を緩め、ほんのり嬉しそうに微笑んだ。
春の夕暮れの商店街を歩きながら、抹茶ソフトの甘さと柔らかな空気が三人の距離をゆるやかに縮めていった。
* * *
商店街を歩き終えるころには、西の空がすっかり茜色に染まっていた。街灯がぽつぽつと点き始め、夕暮れが夜へと移ろっていく。
「今日はありがと! めっちゃ楽しかった!」
陽菜が両手を広げるようにして笑う。
「こちらこそ、ご案内ありがとうございました」
朝霧さんも軽く会釈し、柔らかな笑みを見せた。
「いや、俺も楽しかった。二人が満足してくれたなら良かったよ」
自然にそんな言葉が口からこぼれる。
ここで三人の帰り道は分かれる。駅の反対側へ向かう俺と陽菜、そして駅の方へ向かう朝霧さん。
「じゃあ、また明日!」
「はい、また」
それぞれが笑顔で手を振り合い、夕暮れの街角で解散した。
* * *
陽菜と二人での帰り道。商店街を抜けたあとの静けさが、さっきまでの賑やかさをより際立たせて感じさせる。
「いやあ、澄玲ちゃん喜んでくれたみたいで良かったね」
「そうだな」
「……なんか、私もこうやって悠斗と放課後遊ぶの久々だったな」
「あー、確かにそうかもな。お前らは部活があるし」
「でもやっぱ悠斗と一緒だと私も楽しいな。なんか安心するっていうか」
俺より少し前を歩いていた陽菜が、振り返りながら笑ってそう言う。不覚にも胸が軽く跳ねた。
「来年は受験だし、今年はいっぱい遊びたいね! 『夢中探し部』本格的にどう?」
陽菜が首をかしげて尋ねてくる。
(——確かに、誰かと過ごすのも悪くないもんだな)
一年のころ、颯真と陽菜は部活に行ってしまい、俺はいつもひとりで帰っていた。朝は一緒に登校していたけれど、休日に遊ぶ機会もそれほど多くはなかった。
夢中探し部。名前は正直どうかと思っていたが、何かを一緒にやるためのきっかけがあるのは案外いいのかもしれない。
「……まあ、今年は色々やってみるのもいいかもしれないな」
「やたっ!」
陽菜は嬉しそうに笑顔を弾ませる。その笑みにつられて、俺も小さく口元が緩んだ。
見上げた空は、すでに群青に染まり始めていた。
(次は颯真も交えて、何をしようか)
そんな期待を胸に抱きながら、俺たちは歩みを家路へと進めた。




