俺は第一王子だが、無能弟が転生して有能すぎて立場がない件
第一王子アレクシオンの悩みは一つ――「無能すぎて王家の恥」と呼ばれていた第六王子ルクスが、ある日を境にチート級に覚醒したこと。
剣も魔法も学問も完璧、民衆からも大人気。気がつけば「第一王子<第六王子」の図式が完成していた!
俺の名はアレクシオン・フォン・ガルディア。
ガルディア王国が誇る、第一王子にして王位継承権第一位。
すなわち俺こそが、未来の王である。
……の、はずだった。
なぜ「はずだった」と過去形を使ったか。
それは俺の末弟――第六王子、ルクスの存在に他ならない。
あいつは王家にありながら、剣は振れば自分の足を切り、魔法は詠唱すれば爆発して自爆、学問は文字を逆さに読んで「王国史」に「国史王」とか赤字をもらう。
要するに、筋金入りの無能だったのだ。
「第一王子殿下! 本日の剣術訓練、ルクス殿下がまた剣を逆さに握られて……」
「ああ、わかった。もう慣れた」
側近からの報告に、俺は鼻で笑う。
またかよ。毎度毎度、王族の名誉を地に落とすことに余念がないな。
父上である国王陛下も母上も、とうにルクスを諦めている。
兄弟たちも皆、「六男は王家の恥さらし」だと遠巻きに笑っていた。
だから俺も、安心していたのだ。
第一王子としての俺の立場は盤石だ、と。
あの無能が存在する限り、俺が比べられて不利になることは決してない、と。
……その慢心こそが、後に俺を地獄に叩き落とすのだが、この時の俺はまだ知らなかった。
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◆
事件は、十七歳の春に起きた。
城下に突如として現れた魔物の群れ。
これが王都防衛戦のきっかけとなり、俺たち王族も戦場に駆り出されることになった。
「殿下! 前線は危険です、退避を!」
「黙れ! 俺は第一王子だぞ! この手で王都を守ってみせる!」
と、カッコよく言ったものの、正直めちゃくちゃ怖かった。
だって相手は牙むき出しのオーガにトロールだぞ?
筋肉と凶器の塊みたいな連中に、王族の俺が勝てるはずないだろう。
でも、兄弟の前で弱音は吐けない。
必死に剣を構えていたそのとき――
「兄上、後ろです」
聞き慣れぬ低い声が、俺の耳に届いた。
振り返ると、そこにはルクスが立っていた。
「な、なんだ六男。お前は下がってろ、足手まといに――」
「――〈雷槍〉」
バシュウッ!!
ルクスが詠唱した瞬間、青白い稲妻が一直線に放たれ、迫りくるオーガの胸を貫いた。
巨体が炭のように黒く焦げ、ドサリと倒れる。
「……は?」
「ご無事ですか、兄上」
俺は呆然とした。
六男が……ルクスが……魔法を成功させた?
いや、それどころか、王国の宮廷魔導師でもここまでの威力はそうそう出せないぞ!?
なにが起きてるんだ!?
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◆
それからの戦いは、もはやルクスの独壇場だった。
剣を取れば、騎士団長を凌ぐ剣速。
魔法を撃てば、戦場が更地になるほどの大爆発。
気づけば敵軍は半壊し、俺はただ後ろで口を開けて突っ立っているだけだった。
「ふぅ……これで一段落ですね」
「……」
「兄上、怪我はありませんか?」
「……な、なんなんだお前は」
俺は思わず口走ってしまった。
無能のはずだった六男。
何をやっても駄目で、いつも王族の笑いもの。
その六男が――まるで別人のように有能になっている。
「……ひょっとして、お前……転生とかしたか?」
「……っ!?」
ルクスが一瞬、目を泳がせた。
図星だ。
いや、どういうことだよ。
なぜ弟が転生してチート能力を手にしているんだ?
普通そういうのは俺の役目じゃないのか!?
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◆
戦いが終わったあと、民衆は一斉にルクスを称えた。
「ルクス殿下こそ真の英雄!」
「六男殿下万歳!」
「第一王子様も……その……よく声を張り上げてらっしゃいましたね!」
……最後のやつはフォローのつもりか?
完全に俺は噛ませ犬ポジションじゃないか。
この日、俺は悟った。
俺の王位継承権第一位は、もう安泰ではない。
六男ルクスが、俺の立場を脅かし始めている――と。
【第一話・完】
【第二話】六男がチートすぎて兄の威厳が崩壊した件
戦場から戻ったその夜。
王都は、勝利の宴に包まれていた。
人々は歌い踊り、酒場では「ルクス殿下! ルクス殿下!」と六男の名が連呼されている。
……なんだこれは。
おかしいだろう。王都を守ったのは確かに俺たち王族全員だぞ?
なのに、第一王子である俺の名前はひとつも出てこない。
いや、正確には出てきた。
「アレクシオン殿下も……お声を出されておりました!」と。
俺の功績は“声出し”扱いか。
カラオケ大会じゃねえんだぞ。
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◆
「ルクス、よくやったな」
玉座の間。
国王陛下はいつになく上機嫌だった。
王都を救った英雄を称えるため、王族全員が一堂に会していた。
俺は父上から労いの言葉をもらえると信じていたが……
「ルクス、お前の活躍は王国史に残るだろう!」
「……恐れ入ります、父上」
父上の視線は、終始ルクスに注がれていた。
俺は? 俺はどこ?
「アレクシオン」
「は、はい!」
「お前も、兄としてよく見守ったな」
……あ、やっぱり“見守り役”かよ。
俺の功績、保護者か保健室の先生か?
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◆
会議が終わったあと、兄弟がざわめいた。
「ルクス兄、すごかったね!」
「今までポンコツだったのに、いきなり天才とかどういうこと?」
「もしかして、神に選ばれたのかも……」
弟妹たちは口々にルクスを褒め称える。
俺の方はと言えば――
「アレク兄は……まあ、声出してたしね」
「うんうん、あの“下がれ!”って声はよかったよ!」
「戦場のアイドルみたいな?」
……戦場のアイドルってなんだ。
俺は一応、第一王子なんだけど?
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◆
夜、俺はルクスを呼び出した。
弟とサシで話すのは久しぶりだ。
「ルクス。お前、なにがあった」
「え?」
「昨日まで無能だったお前が、今日いきなり英雄になってる。そんなことあるか?」
俺は机をドンと叩いた。
まるで浮気を問い詰める嫁のような迫力で。
「……兄上には隠し事ができませんね」
「つまり、転生か」
「っ!」
やっぱりか。
ラノベ知識が豊富な俺の頭脳は、すでに答えを導いていた。
無能キャラが急に強くなるパターンなんて、それしかない。
「お前、前世は勇者だったとかか?」
「……まあ、似たようなものです」
「クソッ! なんで第一王子の俺じゃなくて、お前が選ばれるんだ!」
そうだ。おかしいじゃないか。
俺こそが主役になるべきだろう。
にもかかわらず、この弟は――転生チートを独り占めしている。
「……兄上」
「なんだ」
「兄上は、声が大きい。それは戦場ではとても重要な才能なんです」
慰められた。
弟に、慰められた。
いやいやいや、そういうフォローいらんから!
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◆
翌日。
父上はルクスを「王国騎士団の名誉総帥」に任命した。
王族でありながら、実戦部隊のトップに据えるなど前代未聞。
当然、俺は抗議した。
「父上! 第一王子の俺を差し置いて、六男を重役にするなど!」
「アレクシオン、お前は――声出しが得意であろう?」
「いやだから声出しってなんなんだよ!!!」
俺は心底叫んだ。
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◆
だが世間は残酷だ。
「ルクス殿下がいれば我らは安泰!」
「第一王子殿下は……応援団長?」
なぜだ。
俺の立場が、なぜこんなにも軽くなっているんだ。
焦燥のあまり、俺は決意した。
「……こうなったら、俺も修行だ!」
第一王子としての威厳を取り戻すため、
俺はルクスに勝つべく、修行の旅に出ることを誓った。
だがこの決意が、さらに俺を“笑われる道”に導くことを、このときの俺はまだ知らない。
【第二話・完】
【第三話】修行に出たら国民に応援団長扱いされた件
俺は決意した。
弟ルクスに遅れを取ったままでは、第一王子の威厳が保てない。
ならば修行だ。修行しかない。
「アレク兄、どこ行くの?」
「……修行だ」
「え? 声量アップ?」
「違う! なんで俺=声扱いなんだよ!!」
弟妹どもは口々に笑う。
だが俺は真剣だった。
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◆
修行の第一歩は、剣の腕を磨くこと。
王国一の剣豪と名高い老騎士・バルザックに弟子入りを願った。
「頼む! 俺を鍛えてくれ!」
「第一王子殿下……ですが、わしはすでに隠居の身」
「そこをなんとか! 俺は弟に負けたままではいられないんだ!」
こうして俺の修行が始まった。
夜明けから日暮れまで、木剣を振り続ける日々。
「ふっ、はっ、ふんっ!」
「殿下、もっと腰を落として!」
「わ、わかってる!」
最初は全身が悲鳴を上げたが、一週間もすれば剣筋が様になってきた。
よし、これならルクスにも――
「兄上、ここにいらっしゃいましたか」
振り返ると、例の六男がいた。
俺の修行風景を眺めて、にこやかに笑っている。
「……何の用だ」
「僕も鍛錬に励もうと思いまして」
「ここは俺の修行場だ! 帰れ!」
「いえいえ、お手合わせ願えれば」
そう言うや、ルクスは木剣をひょいと取り上げた。
結果――三秒で俺は地面に転がされた。
「……ぐふっ!」
「兄上、いい踏み込みでした」
「く、くそぉぉぉおおお!!」
俺の一週間は、三秒で粉砕された。
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◆
次は魔法の修行だ。
「火よ! 集いて俺の力となれ! ――〈ファイアボール〉!」
「ぼふっ」
……手のひらで小さな火花が散った。
いやいや、これは煙草に火をつける用か?
その場に居合わせた宮廷魔導師が苦笑した。
「殿下……その、火種としては有用かと」
屈辱だ。
だが諦めてはいけない。
俺はさらに練習を重ね、数日後――ようやく拳大の火球を作れるようになった。
「やった! ついに俺も!」
そのとき、横から声が。
「兄上、魔法の調子はいかがですか?」
振り向くと、またルクス。
「見ろ、この火球を!」
「お見事です。……では僕も」
ルクスは軽く手を振った。
――次の瞬間、空が昼のように白く輝いた。
巨大な火柱が数百メートル先に立ち、森が更地になった。
「……」
「兄上の火球、温かくていいですね。冬場に便利そうです」
「やめろその優しいフォロー!!!!」
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◆
こうして俺の修行はことごとく無意味に終わった。
剣でも魔法でも、圧倒的な差を見せつけられるだけ。
だが俺は諦めきれなかった。
「……せめて、民に俺の努力を見てもらおう」
そう考え、町へ降りて修行風景を披露することにした。
「おお、第一王子殿下が剣を振っておられるぞ!」
「声も出してる!」
「やっぱり応援団長だ!」
……なぜ俺は、いつの間にか応援団長になったんだ?
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◆
その夜、宴の席で父上がこう言った。
「アレクシオン。お前は声出しが素晴らしい。将軍として軍を鼓舞する役を任せたい」
「ぐふっ……」
俺の修行の成果は、「将軍(声出し専門)」という評価に落ち着いた。
剣でも魔法でも勝てない。
だが、俺の声だけは戦場で響き渡る。
……いや、だからそれなんなんだよ!!!
【第三話・完】
【第四話】兄の威厳をかけた決闘(秒殺)
俺の名誉は地に落ちた。
剣でも負け、魔法でも負け、そして民からは「声出し王子」だの「応援団長」だの言われる始末。
こんな屈辱があってたまるか。
「……ルクス! 勝負だ!」
「え?」
「兄として、お前に一度でも勝たなければ威厳が保てん!」
俺はついに宣言した。
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◆
決闘は城の中庭で行われた。
見物に集まったのは、騎士団、宮廷魔導師団、使用人たち、そして民衆。
なぜこんなに人が集まっている。
「第一王子殿下が六男殿下に勝負を挑むらしいぞ!」
「これは見逃せん!」
「兄弟喧嘩、血で血を洗う!」
民よ、落ち着け。
俺はそんな物騒なことをする気はない。
「種目はなんでもいい。俺が指定する!」
「わかりました、兄上」
ルクスはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。
この余裕が腹立つ。
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第一戦:剣術勝負
「さあ、剣で勝負だ!」
俺は全力で剣を振るった。
修行の成果を見せるときだ!
「はぁっ!」
「……」
カキン、と澄んだ音が響く。
俺の剣は、ルクスの木剣一本で軽々と受け止められていた。
「兄上、素晴らしい踏み込みです」
「だがまだまだァ!」
十合、二十合……必死に打ち込んだが、ルクスはただ受け流すだけ。
しかも途中で俺にアドバイスまでしてくる。
「肘をもう少し柔らかく」
「そこで足を入れ替えて」
「あと声をもうちょっと」
「声関係ねぇだろ!!!!」
結局、俺はつまずいて転倒。
勝負あり。
「勝者、ルクス殿下!」
「おおー!」
「兄上、いい汗かきましたね」
「うるさい!」
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第二戦:魔法勝負
「次は魔法だ!」
俺は必死に魔力を練り上げた。
今度こそ一矢報いる!
「いくぞ……〈ファイアボール〉!!」
ぼふっ。
手のひらサイズの火球が、ポンと生まれた。
「おおー!」
「この大きさなら焚き火に便利だ!」
「料理に火をつけるのにいいな!」
観客から拍手が起きた。
なんだその評価は。
対するルクスは――
「〈フレイム・インフェルノ〉」
ゴオオオオオッッッ!!!!
空が赤に染まり、模擬戦場が一瞬でクレーターになった。
観客は爆風で髪が逆立ち、俺はしがみつくので精一杯。
「勝者、ルクス殿下!」
「英雄! 英雄!」
「アレク兄も……火種を作った!」
「火種じゃねえ!!!」
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第三戦:力比べ
「もういい……腕相撲だ!」
「わかりました」
テーブルの上で手を組む。
俺は全力で力を込めた。
「うおおおおおお!!!」
「……」
……三秒後、俺の腕は机に叩きつけられた。
「勝者、ルクス殿下!」
「さすが六男様!」
「第一王子殿下は……声援の迫力がすごかった!」
「もう黙れぇぇぇ!!!」
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◆
その後も、弓術、馬術、学問、歌唱……あらゆる勝負を挑んだが、全敗。
俺が唯一勝てたのは――
「兄上、早食い勝負なら僕には無理です……」
「ははは! これだけは俺の勝ちだ!」
そう、食べる速さだけ。
俺の胃袋は誰にも負けない。
「……兄上、それ、王族として誇れる才能ですか?」
「黙れ!!!」
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◆
決闘は完敗に終わった。
だが俺はまだ諦めていなかった。
「……いいか、ルクス」
「はい?」
「次は“民衆の人気”で勝負だ!」
そうだ。俺が真に第一王子である証、それは民の心を掴むこと。
弟に実力で勝てなくても、人気投票なら……!
こうして俺は、国を巻き込む“人気バトル”を仕掛けることになる。
【第四話・完】
【最終話】人気投票は兄弟漫才で決着した
俺は考えた。
実力ではどうやってもルクスに勝てない。
ならば残る手はひとつ――“民衆の人気”だ。
「父上! 俺は国民投票を提案します!」
「なんだそれは」
「第一王子と第六王子、どちらが国民に支持されているか! これで勝負だ!」
「……面白い。よし、やってみよ」
父上、ノリが軽い。
こうして、王国史上初の“人気投票合戦”が開幕した。
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◆
俺は全力で民にアピールした。
「民よ! 俺は第一王子アレクシオンだ! 声量には自信がある!」
「おおー! 声が通る!」
「元気が出る!」
「やっぱり応援団長だ!」
……またそれか。
だが構わん。
俺は市場に出向いては荷物を担ぎ、畑で農夫と一緒に土を耕し、酒場で酔客と歌をうたい、子どもたちを肩車して回った。
「兄上、ずいぶん楽しそうですね」
「これは選挙活動だ!」
ルクスはというと――
「皆さん、畑の肥料はこうすると収穫量が倍になりますよ」
「この魔法を応用すれば井戸から楽に水を汲めます」
「怪我をされたんですか? では治癒を」
……あっちもあっちで国民の心をがっちり掴んでいた。
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◆
そして一週間後、投票日が来た。
広場には数万人の民が集まり、熱気は最高潮。
「さあ、発表する!」
司会役の宰相が声を張り上げる。
「第一王子アレクシオン殿下に投じられた票は――!」
ドキドキ……
「……三千票!」
「おおおおお!!!」
意外と入った! 俺、結構人気あるじゃないか!
「続いて第六王子ルクス殿下に投じられた票は――!」
ゴクリ……
「……一万五千票!」
「うおおおおおおお!!!!」
ちょっと待て、五倍差!?
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◆
「勝者、ルクス殿下!」
「英雄! 救世主!」
「でもアレク王子も面白かった!」
「声出し最高!」
……あれ?
負けたはずなのに、なぜか俺の周りにも歓声が飛んでくる。
「兄上、すごい人気ですね」
「いや、勝ったのはお前だろ」
「いえ、兄上が民と笑い合っている姿があったから、僕も安心して力を発揮できました」
ルクスはそう言って笑った。
ずるい。そんなこと言われたら、悔しいけど嬉しいじゃないか。
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◆
その後――
「第一王子アレクシオン殿下と、第六王子ルクス殿下! この兄弟漫才、最高だな!」
「応援団長と天才弟! 最強コンビだ!」
「二人で並んでこそ王国の宝だ!」
……気がつけば俺は、“六男の引き立て役”ではなく、“六男と並ぶ愉快な兄”として国民に愛される存在になっていた。
そう、俺は英雄ではない。
だが、英雄をより輝かせるための相棒にはなれるのだ。
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◆
夜、二人きりになったとき。
「兄上」
「なんだ」
「僕、転生してきた人間なんです」
ぽろっと爆弾発言をされた。
……いや、知ってたよ。
「そうだろうな。急に有能になったし」
「驚かないんですか?」
「今さら驚くか。俺はもう“応援団長”で腹を括った」
するとルクスは声を上げて笑った。
俺もつられて笑った。
こうして俺たち兄弟は、王国の未来を背負うコンビとして歩み出したのだった。
【完】
読んでくれてありがとうございます!!!